2015年5月13日水曜日

ラクダのチーズ

ちょっと前だが、筆者のFacebook仲間で話題になっていたのが、ラクダのチーズ。
知り合いがラクダ乳とチーズを試食して、コメントをしていた。
筆者は食したことがないのでなんとも言えないが、なんでも、油分が多いそうである。
今回は、このチーズのカワリダネについて書いてみることにしよう。

前回の乳脂肪の原稿を書くときに、ラクダ乳の資料を、いくつか発見した。
つい、そっちの方が面白くなって、追っかけてしまったのだが、なかなか興味深い。
フランスの学校時代にも、ラクダのチーズのことは、先生がちらりと言っていたことを思い出す。タンパク質を加えないとできない、と言っていたな。

ということで、資料を読んでいたら、その通り。
ラクダ乳だけでは、チーズはできないのである。
では、ラクダ乳とはなにか?
また、どうやってチーズを作るのかを見ていこう。

ラクダと搾乳する人
http://www.fao.org/Newsroom/fr/news/2006/1000275/index.html

筆者の持っている資料では、ヒトコブラクダ(le dromadaire)の乳のことが載っている。
その乳でチーズを作っているのは、モーリタニア回教徒共和国(Mauritanie)のTiviskiというメーカーだそうだ。
モーリタニアは、フランス領だったので、チーズを作ることを考えたのかもしれない。

ラクダ乳とはどんなものなのだろうか?
他の動物との成分比較を見ていただきたい。

表1:ラクダ乳と他の動物の乳の成分比較(%)
http://www.inter-reseaux.org/IMG/pdf_Fromage_Lait_chamelle_MLDia_Mode_de_compatibilite_.pdfより
こうしてみると、そんなに成分が違うというわけでもなさそうだが、どっこい、タンパク質が違うのである。

どうしてラクダ乳がチーズの製造に向いていないのかというと、
  • 乳凝固に牛の2,5〜3倍の時間がかかる。
  • 酵素凝固が難しい。
  • ほとんど酸凝固しない。
  • 凝固の兆候を見るのが難しい。
  • カゼインのバランスが特徴的:カゼインκが約5%しかない。牛では、13,6%。
  • ミセル ド カゼインの大きさが牛の約2 倍で、脂肪球と結びついている。
  • 脱水が上手くいかない。
  • 熟成が難しい。
などの理由によるそうだ。

酵素凝固が難しく、牛乳の場合の50〜100倍の凝乳酵素が必要で、固まりはするものの、俗に言う、Caillé mou(カイエ ムー:柔らかすぎるカイエ)になり、水切れが極めて悪いそうだ。水切れが悪いということは、とりもなおさず、熟成はうまくいかない。

カイエ ムーというのは、水分を多く含むので柔らかい。そして、その水分がカイエと結びついていて、なかなか外に出ていかないのである。
だから、カイエ ムーであるということは、脱水に時間がかかる。

また、抗菌物質に富んでいるために、酸凝固は、うまく作用しないそうである。

この中で、注目すべきは、

  • カゼインのバランス
  • ミセル ド カゼインの大きさが牛の2倍で、脂肪球と結びついている
というくだりである。

ヤギ乳のミセル ド カゼインは大きく、脂肪球もラクダほどではないが、小さい。
しかし、カゼインκは、牛乳より多いくらいである。
ヤギ乳はちゃんと固まるのに、ラクダ乳が固まらないのは、カゼインのバランスとミセル ド カゼインが脂肪球と結びついているからだろう。

筆者も試作品を作る時、ホモ牛乳を使っていたが、常にカイエは柔らかく、水切れが良くなかった。脂肪が多いとカイエは柔らかくなり、水切れが悪いのが一般的だが、脂肪分が少なめでも、脂肪球が小さく、しかもミセル ド カゼインに結びついているとなると、かなり固まりにくく、水切れも悪いだろう。

製造風景
http://www.fao.org/Newsroom/fr/news/2006/1000275/index.html

ラクダのチーズ
http://mcommemauritanie.blogspot.jp/2011/08/f-comme-fromage-de-chamelle.html


ここで、二人の救世主が現れる。
フランスのナンシーにあるENSIAAのRamet氏とスイスのチューリッヒ、Ecole polytechniqueのFarah氏である。

Ramet 氏は、幾つもの試作品を作り、原乳の処理、凝固の導き方、脱水と熟成の方法を改良した。
それでは、どのように改良したのだろうか?

1. 原乳の調整

基本的に低温殺菌処理か加熱処理(Thermisé:テルミゼ)をおこない、固形分を増やすために、粉乳や濃縮した他の乳(牛、羊など)を加える。また、リン酸カルシウムと塩化カルシウムに関する塩類のバランスを整える。

2. 凝固のさせ方

乳酸菌によって、pHをうまく調整し、凝乳酵素(牛のペプシン、プレジュール、微生物酵素)の濃度を上げ、凝固温度を上げる。

3. 脱水の方法

凝固時の温度を上げる。

4. 熟成方法

カゼインの親水性が少なく、脂肪分も少なめなので、乾燥工程でダメージがあると考え、それを予測する。

と、こうである。
なかなか大変であるな。
また、現在では、凝乳酵素もラクダ乳に最適なものが見つかった。
Camifloc N.D.というのだそうだ。

このような技術を駆使して、モーリタニアのメーカーが、白カビのカマンベールのような商品を作っている。
Tiviskiというメーカーの、"Caravane"というチーズである。

ラクダチーズ
http://omarinspore.wix.com/tiviski#!__francais/produits/vstc7=caravane
「Caravane:
世界で唯一の、ラクダ乳から作るチーズ。ソフトタイプの白カビチーズの製法で作っている。美味しく、軽く、他に類を見ない。脂肪含有量:季節によるが、平均して22%」
Caravaneの中身
http://le-secret-du-sahara.over-blog.com/article-comment-booster-notre-systeme-immunitaire-inne-par-le-fromage-de-chamelle-117432681.html

筆者は、この資料を読んで、いまの技術はすごいなあと思った。
本来なら、飲料乳にしかならないラクダ乳をチーズにしてしまうのだから。
ラクダの数は多いそうだから、原乳の確保は難しくなさそうだが、技術が大変だから、量産できるのだろうか?

また、このチーズは、値段が高いとも聞いている。

筆者は牛乳のチーズを作っていても、この初めての夏、うまくいかないこともある。
もともと作るのが大変なラクダチーズ、そんなに頑張らなくても・・・と思うのは、筆者だけなのだろうか?