2021年6月9日水曜日

チーズの製造方法:実践編 凝乳酵素

チーズを作る時に一番驚くのが、「液体(原乳)が固体(カイエ)になること」である。 
凝乳は、「状態」の変化。
それを行うのが、凝乳酵素である。

では、凝乳酵素とはなんだろう?

平たくいうと、ミセル・ド ・カゼインを加水分解する酵素のことである。ミセル・ド・カゼインの加水分解というのは、κカゼインのペプチド、105と106の間を切断するというもの。
それによって、ミセル・ド ・カゼインは、凝集することになる。
大きく分けて、以下の3種類あるのだが、それぞれについて説明をしていこう。
  1. 動物性凝乳酵素
  2. 植物性凝乳酵素
  3. 微生物系凝乳酵素
まず、1.の動物性凝乳酵素だが、フランスに定義がある。
以前にも載せたが、再度載せておこう。

Décret n° 69 – 475 du 14 mai 1969 - J.O. du 29 mai 1969 

Art. 1er. – L’article 24 du décret susvisé du 25 mars 1924 est remplacé par les dispositions suivantes :

«  La dénomination « présure » est réservée à l’extrait soit liquide ou pâteux, soit pulvérisé ou comprimé après dessiccation provenant de la macération des caillettes de jeunes bovidés tenus au régime du lait ».


Présureの定義は、子供の牛科の動物の第四胃を塩水につけたものから取り出したエキスを液状、またはペースト状にしたか、あるいは乾燥したのち、粉末状、または錠剤状にしたものである。」

http://www.laboratoires-abia.com/index.php/fr/la-presure-generalites/la-presure より)



ABIA社の凝乳酵素(Présure)


この動物性凝乳酵素は、フランス語ではPrésure(プレジュール)、英語ではRennet(レンネット)という。昔から使われている伝統的な凝乳酵素で、牛、山羊、羊ともにある。
現在では、ラクダのもあるそうだ。
ベジタリアンの台頭で、嫌われ者になりつつあるが、チーズを作る上では、一番良い凝乳酵素である。

なぜなら、自然の凝乳酵素で、長い年月使われてきたもの。
よくなければ、淘汰されたと思うが、いまだに我々は使用している。

また、この凝乳酵素は、Chymosine(キモシン)という酵素だけではなく、ペプシンという酵素も混ざっている。ペプシンは、人間の胃の中にもある、強酸性で働く酵素だ。
哺乳類の反芻動物の胃から取り出したものなので、当然のことだろう。

ペプシンも凝乳酵素として働くので、成獣のペプシンを凝乳酵素として使うこともできる。
ただし、フランスでは牛の成獣のペプシンのみ。他の国(イスラエルやアルジェリア)で使われている、豚や鶏のペプシンは使えない。

歴史を紐解いてみると、昔は、チーズの需要もさほど多くなかったが、第2時世界大戦後、チーズの需要が高まり、レンネットが不足し、代替え品を探すことに相成った。

ヨーロッパのいくつかの伝統的チーズは、2.の植物性凝乳酵素を使用している。
例えば、ポルトガルの羊乳チーズは、植物性の凝乳酵素を使ったものが多い。
下の写真は、ポルトガルのチーズ。

ただ、この植物性凝乳酵素はタンパク質の分解力が強く、苦味を作り出すことが多いので、あまり利用されなかったらしい。手に入れやすいので、便利なのだが、扱いが難しいとなると、使ってもらえないということになる。

Queijo Serra da Estrela(ケイジョ セーラ ダ エストレーラ)
https://www.queijaria-portuguesa.pt/product-page/serra-da-estrela-dop



種類はいくつかある。下の表は、植物と凝乳酵素の名前である。

植物性凝乳酵素

よく使われるのがアザミのおしべ。パイナップルもあると聞く。パパイヤの酵素、パパインは、蛋白質分解酵素としても有名ですな。
というわけで、植物性凝乳酵素は、伝統的に使っているチーズ以外には、普及しなかったのである。

そこで、科学の発達とともに出現したのが、3.の微生物系凝乳酵素。
これには以下の
  • カビ系
  • 遺伝子組み換え系
2種類がある。

まず、カビ系凝乳酵素。
これは、キモシンでもペプシンでもない。
カビが作り出す、乳を固まらせる酵素である。
以下のように3種類ある。
以前にも書いたが、また載せておこう。

  • Protéase de Mm:Mucor miehei(土中にいる高温菌のカビ)が作る酵素
  • Protéase de Mp:Mucor pusilus (土中にいる中温菌のカビ)が作る酵素
  • Protéase de Cp:Chryphonectria Parasitica 栗に寄生するカビ)が作る酵素
全て、Protéase(タンパク質分解酵素)という名がついている。この中で、よく使われているのは、Mucor miehei(ミエイイ)というカビの作り出す、MmとChryphonectria Parasitica(パラジチカ)が作り出すCpだそうである。

昔は、回収率で伝統的凝乳酵素にかなわなかったが、今ではかなり改良されたそうだ。日本にも北八王子に工場がある。名糖産業というところが作っているのだが、なかなか良さそう。国産の凝乳酵素が使いたいのなら、問い合わせてみるのもいいだろう。

名糖産業の凝乳酵素など
http://www.meito-sangyo.co.jp/safety/manufacture.html


さて、もう一方の遺伝子組み換え系。
色々な会社がこの凝乳酵素を作っている。
カビ系酵素に比べて回収率(歩留まり)が良いので、工場製のチーズにはよく使われる。

この凝乳酵素は、大腸菌やカビ、酵母などの遺伝子を組み替えて、キモシンを合成させるのである。だから、作っている会社は、遺伝子組み換えではないという。
確かに、キモシン自体は遺伝子組み換えではないが、それを作り出している微生物が遺伝子組み換えの産物なので、やはり、これは遺伝子組み換えなのである。

日本では、遺伝子組み換えというのは評判が良くないようで、大きな工場では、カビ系の凝乳酵素を使うことが多いと聞いている。
粉末になっていることが多いので、取り扱いや保存に便利だ。
小さい工房でよく使われているのがクリスチャンハンセンの「カイマックス」という遺伝子組み換え系の凝乳酵素。

CHY-MAX(カイマックス )
https://www.sarawagigroup.com.np/product/chy-max-rennet-powder/



安価で、歩留まりがよく、扱いやすい、とくれば、使う人も多いだろう。
でも、筆者は使わない。
Présureが良いのは、キモシンだけではなく、ペプシン、ペプチド、アミノ酸、Naclなどが入っていて、熟成の時に活躍するからなのだ。

例えば、キモシンは、凝乳時と熟成時に働く。
また、塩は脱水時と熟成時に働く。
そのほかのアミノ酸、ペプチドも熟成時に働くのである。

筆者のフランス時代の恩師は、105と106の間を切れば良いってもんじゃない、と力説していた。筆者も賛成。
ただ、現在は、単純な味の方が好まれる傾向にあるような気がする。
筆者のフロマージュ・ドーメは、複雑な味が特徴なのだが、食べたことない味、などと言われて、よくわからない味と表現されることが多い。

味覚は人によって違う。
複雑な味より、単純な味を好む人が増えているということか。
フランスでもその傾向があるらしい。
美食の国でもそうなのである。

伝統的凝乳酵素が複雑な味を出すのなら、微生物系の凝乳酵素はすっきりした、明快な味を出すということなのだろうと思う。
筆者は、古い人間なので、複雑な味の方がいい。

話は逸れるが、今の日本の食品には、必ずと言っていいほど添加物としての「アミノ酸」が入っている。「umami」の発見は良いことだと思うのだが、あまりにも日本の食品はアミノ酸まみれで、人間の味覚の形成には邪魔なような気がする。

筆者はアミノ酸の入っていない食べ物を食べたい。
なぜなら、インスタントラーメン、レトルト食品など、アミノ酸の添加が多い食品を食べると具合が悪くなるようになったからだ。

歳のせいで、拒絶反応が起きたのかもしれないと思っている。
というのは、人間の体に悪いものを処理する能力は、バケツのようなもので、悪いものがバケツから溢れると病気になりやすいという説がある。
バケツの大きさは、個人で違う。
大きい人もいれば、小さい人もいる。

大きい人は長生きできるが、小さい人はあまり長生きできないと。
これは、筆者が鍼灸師の学校に行っていたときの話だが、今現在、なるほど、と思うこともある。

おっと、凝乳酵素の話から大分逸れてしまった。

凝乳酵素として働く物質はいろいろあるが、どんな風に使いたいのか、どんなチーズを作りたいのかで選んでいくものだと思っている。

さて、次回はいよいよ製造に入る。
製造総論に入ることにしようか。

2021年4月19日月曜日

マリアージュ(Mariage)とティピシテ(Typicité)

「マリアージュ」は、結婚という意味のフランス語だが、食べ物と飲み物などの相性にも使われる言葉である。以前は使われることが多かったが、現在は、ペアリングという英語を使うことが多いようである。「ティピシテ」もワインやチーズなどによく使われる言葉で、特異な性質を表す時に使用される。日本ではあまり使われていないようだが。


ワインとチーズの盛り合わせ

今回、このテーマを選んだ理由は、フランスと日本の感覚の違いを考えてみたかったからだ。

 自然の乳酸菌種(ルヴァン=Levain)を作る資料を読んでいた時のことである。
こういう一説があって、日本とは違うな、と思った。

「多くの農家製のチーズの特異性を強化して、市販の乳酸菌の使用から解放されたいという願い」

 日本では、まだまだ乳酸菌は購入するものだと思っている向きが多い。市販の乳酸菌から解放されたいとは思っていないだろう。そして、「ミルクの優しい風味」、「食べやすさ」などを求める作り手も多いと感じる。消費者がそれを望んでいるから、ということなのだろうか。

 しかし、原乳にはこだわるのに、なぜ乳酸菌にはこだわらないのか、不思議だ。確かに前回書いたように、不安定で、うまくいかないことも多いのだが、「Typicité」にこだわろうとすると、市販の乳酸菌では物足りない。当工房で研修した後に自前の乳酸菌でチーズを作ろうとしたが、うまくいかない、という方もいた。乳酸菌がうまくいかないのだという。市販の乳酸菌を使用しているそうだが、残念だ。

 筆者にとって、「Typicité」というのは、土地の産物とのコラボ商品だけでなく、その土地の乳酸菌などの微生物を使用することなのである。実際、その土地の生産物とコラボしたチーズは多い。筆者のところも、青梅の酒造「小澤酒造」とコラボしたチーズが3種類ある。

 この頃増えているのを感じるのが、日本酒とのコラボ。
日本酒でウォッシュしたチーズを作る生産者が少しずつ増えているようなのだ。
ただ、日本酒は醸造酒なので、酵母が生きている。
日本酒の酵母は結構力が強いので、外国産のウォッシュのようなチーズを作るのは難しい。

 筆者の日本酒(生酛酒)を使ったチーズは、色が赤くならない。
日本酒の酵母が勝ってしまうようで、白っぽい酵母が表面に生える。
コンテストに出すと、「リネンス菌不足」で、大幅に減点。
味も特徴的なので、ミルクの優しい風味、ではない。

当工房で使っている日本酒(元禄)と焼酎(武州伝説)


 筆者としては、その味が、「Typicité」なのだが、わかってもらえないようである。
フランスのAOCや、イタリアのDOPのチーズは、味に特徴があって、優しい味ではない。また、乳酸菌は、市販のものを使うことはできない。
「Typicité」を重要視しているのがよくわかる。

 それから、「Mariage」についてだが、これも日本の使い方に少し違和感がある。
今は、ペアリングと言っていることが多いが、「Mariage」には、結婚と同じように、1人が2人になって、喜びも大きくなるといったような意味合いがある。
だから、チーズを食べて、ワインを飲むとおいしさが倍増するのが「Mariage」だと、筆者は思う。

 当工房のブリックが良い例である。
このチーズ、焼酎ウォッシュのくせに、赤ワインとの相性が抜群に良い。
安いカベルネソーヴィニョンが、美味しくなってしまう。
これは、私だけでなく、知り合いのフランス人も感じたそうだ。

La Brique ウォッシュタイプ

 日本酒とチーズは相性が良いのだが、外国のチーズだと、相性が限られる。
と言うのは、筆者がまだチーズショップにいた頃、日本酒を買ってはチーズと合わせていた。
一度、賀茂鶴の樽酒が手に入ったので、合わせるチーズとして、3種類ほど買って帰ったことがある。

 確か、日本酒に合うという、ミモレット18ヶ月、ブルー・デ・コース、もう一つは忘れた。
結論から言うと、樽酒と対等に勝負できたのは、ブルー・デ ・コースだけ。
あとの2種類は、樽酒の風味に負けて、味がなくなる。
ブルー・デ・コースは樽酒とマッチして、美味しさが膨らんでいた。

 亡くなった俳優の藤村俊二さんが、「オヒョイズ」と言うワインバーを経営していたことがある。その時に彼が、
「ワインを一口飲んで、パンを一口。ワインを一口飲んで、チーズをひとかけら。それを楽しんで欲しい。」と言うようなことをおっしゃっていたのが印象的である。
それこそ、「Mariage」では?

 そんなふうに、日本酒と国産チーズを楽しめたら良いと思うのだが、如何せん、日本のチーズは、風味が優し過ぎて単品で食べるなら良いが、飲み物と合わせると味がなくなるものが多い。と書くと怒られそうだが、実際に筆者がチーズと日本酒のペアリングというのに出席して試してみても、チーズはチーズ、お酒はお酒、と言う味わいが多かった。

 日本のチーズと日本酒が合わさって、より美味しい味を作り出すのを感じたことがない。
当工房のフロマージュ・ドーメは、当然、手入れをしている「元禄」とは相性が良い。美味しさも増す。しかし、他の日本酒とはどうだろう?
ブリックは、カベルネソーヴィニョンならなんでも良いようだが。

 「Mariage」を実感するためには、ワインを一口飲んで(日本酒でも)、チーズを一口食べる。味がより美味しくなっていれば、「Mariage」。ワインはワイン、チーズはチーズの味がするなら、「Mariage」ではないと思うのだ。

 「Mariage」も「Typicité」もフランスのもの。日本人が真似をする必要はないと思う方も多いと思うが、これも一つの食の楽しみ方。試してみてはいかがかな?

さて、次回は凝乳酵素といきましょうか。

2021年4月14日水曜日

乳酸菌こぼれ話「ルコノストックの反乱」

 昨年、チーズ生産者の方とお話ししていたら、酵母の話が出た。海外研修をして、酵母が大事だと聞いてきたようである。筆者がなんの酵母を添加しているか、知りたかったようだが、こちらは何も入れていない。
当工房は、自前の乳酸菌を使っていて、Penicillium Camemberti以外、何も添加しない。(ちなみにリネンス菌も入れていない)
それが、筆者のスタンスである。

プチ・トーメの表面に生えたGéo(酵母)

 よく、味噌、醤油、酒蔵などで、蔵付き酵母、とか、蔵付き乳酸菌などというが、チーズ工房でも同じである。筆者の工房は、最初からGéoがきた。そして、乳酸菌の優位菌は、なぜかLeuconostocらしい。筆者のお気に入りだからなのだろうか。

 日本酒の杜氏さんに聞いた話なのだが、人の手と口の中の微生物も日本酒の風味に影響するとのことだ。ということは、筆者にくっついている微生物も当工房のチーズの特徴を表すということですかな?子供の頃から、チーズ大好きだもんね。

 ただ、それが何かは分からない。

 日本の生産者さんは、「何が入っているのか分からないのは使えない」という。
しかし、長い歴史を持つヨーロッパの生産者さんは、そんなことは言わない。言うのは、工場の責任者くらいのものだろう。だって、中に何が入っているのか分からなくても、伝統的な作り方をすれば、ちゃんとチーズができるのだから。

 だが、この自然に任せている乳酸菌作りも、なかなか大変なのである。

 当工房も、乳酸菌作りでは、色々苦労してきた。
今回は、その中で、ヘテロ発酵の乳酸菌が色々と悶着を起こしたことを書こう。

 ルコノストック(Leuconostoc)という、ヘテロ発酵の中温菌が居る。
球菌である。

ルコノストック
https://morethanadodo.com/2019/05/03/bacteria-that-changed-the-world-leuconostoc/

 この乳酸菌は、グルコースを乳酸、CO2、エタノールに分解するヘテロ発酵タイプで、芳香を作り出すため、フレッシュタイプのチーズに多く使われる。
だから、筆者はこの乳酸菌が来てくれるのを歓迎しているのだ。

 実際、ラクティック・ドミノンのチーズを作っていると、乳酸発酵の時、すごくいい匂いがする。この匂いがすると、発酵がうまくいっているという証拠。
酸度とpHを測ると、大体、凝乳酵素を入れるのに良いタイミングである。

 良い乳酸菌でないと、この芳香がない。
酸度も上がらないし、pHも落ちない。
Leuconostocだけではないと思うが、芳香を作る乳酸菌は、確かに当工房には住み着いていると思う。

 ただ、このLeuconostoc君、色々と面倒なことを起こすのだ。
では、このLeuconostoc君、どんな乳酸菌で、どんな面倒を引き起こすのだろう?

 まず、名前の由来だが、Nostocは、粘液性の藍藻、Leucoは、「白」という意味だそうである。1878年にVan THIEGHEMという人によって定義されたそうだ。

 どこにいるかといえば、青草や、乾いた飼料、牧場のゴミの中など。それが、牛の乳房にくっついて、搾乳の時に乳中に紛れ込むのである。Milles Trous(ミル トロ)という、カイエに丸い穴がボコボコ開くような欠陥は、こいつのCO2の生産のせいである。

LeuconostocのCO2のせいで、穴がボコボコあいたカイエ

 当工房でも、3月くらいにこのような現象が起こることが多い。青草の時期とあっているので、Leuconostocが青草にいるというのは正しいと思う。当工房の原乳には、放牧乳も混じっているからだ。

 穴がボコボコ開くと、カイエが上に浮いて、ホエーは下にたまる。だから上の部分は乾燥していることが多い。このカイエを型入れすると、チーズに亀裂ができることがあるが、熟成がさほど長くないので問題はほとんどない。

 ただ、ちょっと気持ち悪い。鬼太郎に出てくる、千の目の妖怪みたいで・・・

 また、よく知られている特性として、デキストラン(ブドウ糖のポリマー)を作るのだが、このデキストランは、糸を引くような粘性を持っている。

 筆者が乳酸菌を作るときは、届いた生乳をヨーグルトメーカーで培養するか、室温に置くかするのだが、たまに糸を引くことがある。汚染されたのかと思って、器具を念入りに洗っても糸をひく。乳酸菌が粘性をもつだけならよかったのだが、あるとき、ホエーまで粘性をもつようになってしまったのだ。

 当時は、乳酸菌を培養して種継ぎをしてフレッシュなまま使っていた。乳酸菌は何ともなくても、ホエーが糸を引く。これには参った。
なぜなら、筆者の工房のメイン商品は、ラクティック・ドミノン製法。型入れして脱水をする方法なのに、水切れが悪い、というより、ほとんどホエーが抜けない。

 一日経っても、型入れしたときの2/3くらいの量が残る(うまくいくときは、翌日は型の1/3くらいになる)。量が多くて、柔らかすぎて、反転もできない。カイエの味はいい。穴もあいていない。汚染ではないことはわかっていたが、どうにも水分が抜けない。どうにもならなくて、廃棄した時もある。

 困るのは、毎回ではないということ。何回かに一回、粘性のホエーになるのだ。
ラクティック・ドミノン製法だと、カイエの上方にホエーが浮く。そのホエーをできるだけ取って、カイエを切って型入れしてもまだ水切れが悪い。

 業を煮やして、乳酸菌作りをやめて、ホエーを乳酸菌代わりに使ってみたところ、一定期間は調子が良かったが、だんだん力が落ちるのか、1ヶ月ほどで乳酸発酵がうまくいかなくなった。今考えると、ファージが出たのかもしれない。その間、いろいろ考え、いろいろ試したところ、種継ぎのフレッシュを使わずに、冷凍しておくとうまくいくことがわかった。

 それからは、乳酸菌ができたら冷凍保存をすることにしている。

 今でも、乳酸菌は糸を引くことがあるが、ホエーは糸を引かない。少し粘性がある時もあるが、ちゃんと水が切れる。他の生産者さんに、ホエーが糸を引くことがあると聞いたことがあって、市販の乳酸菌でもあるのかと不思議に思った。おそらく、製造時の条件でそういう現象が起きたのだろう。

 乳酸菌を自家培養して6年半経つが、やっと落ち着いてきたのかもしれない。
私以外の人が工房で働くと、何かが起こるのだが、とりあえずこの時のように深刻ではない。
乳酸菌がざわめいているというか、優位争いをしているのだろう。
お酒も杜氏が変わるとお酒の味が変わるという。
チーズも作り手が変わると味が変わるようである。

フロマージュ・ドーメ 2021年


 今年もすでに4月である。
時の過ぎるのが早い。矢のように時間が過ぎていく。
なかなかこのブログを書き続けていくのも大変だが、ちゃんと続けていくつもりである。
(こればっかり言っているような気がするが・・・)

次回は、乳酸菌から少し離れて、「Mariage(マリアージュ) と Typicité(ティピシテ)」にする予定である。チーズと食べ物、飲み物の相性とそれぞれのチーズのもつ特徴を考えてみるつもりである。