2014年12月10日水曜日

チーズの製造方法:基本編 乳清たんぱく(Protéines solubles)

乳成分を分類するとき、乳たんぱくは、窒素化合物の範疇に入る。
窒素化合物のことを、MAT(Matières Azotées Totales)といい、その中には、蛋白質以外の窒素化合物も入っている。
蛋白質は、以前話したように、MAP(Matières Azotées Protéiques)という。

タンパク質以外の窒素化合物の主なものは、尿素。
約50%を占めている。
しかし、このタンパク質以外の窒素化合物(NPN:Non Protein Nitrogene 英語、MAnP:Matières Azotées non Protéiques フランス語)は、あまりチーズの製造には関係ないので、省く。

さて、乳たんぱくは、カゼインと乳清たんぱくに分けることができる。
カゼインの話はすでにしたので、今回の主題は、乳清たんぱく。

まず、乳清たんぱくとカゼインの違いは、というと、表1をご覧いただきたい。

表1:カゼインと乳清たんぱくの違い

大雑把に言うと、動物の血液に由来する(全てではないが)純粋蛋白質であり、熱に弱く、タンパク質分解酵素で分解できない蛋白質ということになる。
そして、水溶性なので、チーズを作るときには、乳清と一緒にカイエから出て行ってしまう。

では、その実態は?

表2を見ていただこう。

表2

前々回(だったかな?)に載せた表だが、乳清たんぱくのこともよくわかるので、再度掲載。ただ、訂正が2つ。
乳清たんぱくの部分で、牛のβ-ラクトグロブリンとα-ラクトアルブミンの比率が間違っていたので、訂正しておく。また、水溶性アルブミンを血清アルブミンと直すことにする。

まず、β-ラクトグロブリン。

乳清たんぱくの中の大部分を占める。
だいたい50%ほど。
一番の特徴は、人乳には含まれないということである。
ということは、アレルギー源になりやすいということだ。

また、熱変化に弱く、75℃で、熱変性をする。
筆者の持っている資料では、78℃でほぼ100%変質してしまう。

変質するとどうなるか?
まず、粘度を増す。
だから、超高温殺菌(UHT)の牛乳は、舌にねばり付く感覚がある。
そして、チーズ製造にとって困るのは、熱変性すると、β-Lg-CN-κ(β-ラクトグロブリンとカゼインκの複合物)を作り、凝固を妨げるのである。
その結果、凝固が遅れたり、水切れが悪くなったりするのだ。

殺菌乳製のチーズを作るとき、筆者は63℃30分殺菌(低温殺菌:LTLT:Low Temperature Long Time pasteurization)にしているが、チーズによっては、72℃15秒(高温殺菌:HTST:High Temperature Short Time methode sterilization)のこともある。
β-ラクトグロブリンのことを考えたら、63℃30分のほうがいいと思う。
いま、これを書いていて気がついたが、pasteurisationは、「殺菌」だが、stérilisationは、殺菌というより、むしろ「滅菌」とか「消毒」という意味になる。
日本語は、曖昧なものだ。

次に、α-ラクトアルブミン。

人乳では、この乳清たんぱくがほとんどを占めるが、反芻動物では、約20%である。
カルシウムイオンを含んでいるため、熱には割に強く、95℃くらいまで平気である。

血清アルブミン。

反芻動物では、乳清たんぱくの約5%を占める。
血液中で、脂肪酸を運ぶ役目をするとも言われている。

免疫グロブリン。

これは、免疫に関与するタンパク質で、約11%を占める。
初乳では、量が増える。

表にはないが、ラクトフェリンも入っている。
ラクトフェリンは、抗菌活性を持つことで知られているが、免疫グロブリンと同様、初乳の中に多くなる。

最後に、プロテオーズ-ペプトン。

蛋白質といっても良いのだが、プロテアーズで分解されたペプチドでもある。
特徴は、pH4,6で沈殿しないことと、熱変性しにくいこと。
カゼインは、pH4,6で沈殿し、他の乳清たんぱくは、熱変性しやすいのだから、少し変わり種である。

以上のように、いろいろな蛋白質が乳清とともにチーズから出て行ってしまうのだが、これを利用する研究もいろいろあるようだ。


面白い図を見つけたので、日本語にしてみた(図1)。

図1:乳製品製造図
全乳からチーズへの道と、クリームへの道である。

脱脂乳、乳清ともに、水溶性タンパク質と乳糖が入っているのがわかる。
脱脂乳は、そのまま粉乳などにして利用され、乳清はリコッタやブロッチュ、ブルースなどのホエーチーズを作るのに使われてきた。
現在は、技術が発達して、乳清たんぱくをウルトラフィルトラシオンで分離して使うことができるようになり、いろいろな用途で使われているようだ。

スイスの文献で読んだのだが、チーズ製造時に、水溶性蛋白質を添加することもあるそうだ。
ラクレットに乳清蛋白質を加えることによって、食感を柔らかくし、弾力性を持たせる、という文献だったが、溶け具合も向上するらしい。
また、フロマージュ・ブランは、殺菌温度を90℃まで上げて、水溶性タンパク質を変性させ、歩留まりを多くすることは、よく行われている。
また何か、文献を見つけたら、紹介しよう。

乳清というのは、利用価値があるのに、なかなか使い方が厄介だ。

乳清には、sérum doux(セロム・ドゥー)とsérum acide(セロム・アシッド)という、2種類がある。sérum douxはPMのミックスやPPから出るもので、sérum acideは、PMのラクティック・ドミノンから出てくるものである。

ドゥーは、ブルースなど、ホエーチーズにできるし、乳清飲料にもできるのだが、アシッドの方は、難しい。
筆者もブルースができないものかと乳清を煮てみたが、蛋白質のふわふわは浮いてこなかった。
今、何に利用できるのか、文献を探しているところだが、まだ見つかっていない。

一方、工房では、11月の半ば頃まで、カイエと格闘していたが、現在は、チーズの熟成に取り組んでいる。
MOFの ル ムニエ氏が言っていた言葉を思い出す。

「私がチーズを熟成させているのではなく、チーズが熟成するのだ。」

うちのは、なかなかやんちゃな息子どもである。
ま、いいか。

次回は、乳脂肪と乳糖について書こう。
なかなか時間が取れなくて、11月は、一回しか書いてない!
週一、せめて二週に一回書きたい・・・

2014年11月16日日曜日

チーズ工房の只中で

工房を開設してから、3週間たった。
なんと、前回のブログから、ゆうに1ヶ月経ってしまっている。
読んでくださっている方々も、いったいどうなっているの?と思ってらっしゃる(?)と考えて、再度工房がテーマである。

乳清タンパクは、次回、必ず書くことにする。
(大丈夫かな???)

初めの1週間は、機械と乳酸菌との格闘。
フランスで作っていたのとほぼ同じ製造方法だが、原乳が違い、1日の配乳回数が違い、殺菌工程が入るという差。
一応試作品製造の段階で、原乳の差(牛とヤギ)はわかっていたので、あとは、東京の牛乳がどんなものかで対応すれば良いと考えたのだが・・・

殺菌で手こずった。

やったことがなく、機械も初めて使うとなると、試行錯誤もいいとこである。
1回目は、かなり時間がかかったが、なんとかいい状態のカイエができた。
しかし、その後が問題だったのである。

記念すべき第1作目。カイエの状態もよし、だったのに・・・
左側の袋が、水切り用の袋。

フロマージュ・ブロンを作るのに、専用の袋があるのだが、これに何かの臭いが付いていて、せっかく作ったF.Bについてしまったのである。
化学物質的な臭いで、F.B全滅。結局廃棄・・・
幸い、フロマージュ・ドーメは無事。

無事でした。

2回目の商品は、カイエの状態に納得がいかない。
乳酸菌の状態が良くなかったのか?
できた商品は、満足しないが、まずまず。
(現在熟成中だが、思ったより状態が良い。うまくいきそうだ)

3回目が悲劇。
乳酸菌投入後、pHが下がりすぎ、一応凝乳酵素を入れてみたが、全滅。
これには、泣きましたね。
原因は、殺菌の後に牛乳をよく冷やさなかったから。
乳酸菌が増えすぎて、pHが下がりすぎたせいだ。

幸い、大生機設のおかげで改良ができて、うまく冷えるようになった。
そのあとは、うまくいっている。
現在は、なんとか時間割ができ、自由になる時間も取れそうだ。

筆者のチーズは、lactique dominant(ラクティック・ドミノン:乳酸菌優位法)なので、pHを下げるのに時間がかかる。
Brie de Melunは乳酸発酵に18時間かけるが、筆者のチーズも同じように18〜20時間必要だ。このところ、朝工房に行くと、室温が14℃なので、どうすればいいのか、考え中。(青梅は寒い!)
エアコンで室温を18℃まで上げることは可能だが、pHが下がりすぎると怖いので、できない。3回目の失敗は、そのせいだからだ。
下がらない場合は、時間がかかるが、少し温めて下げるようにしている。

乳酸菌は、こちらの思うように働かないのである。
しかし、乳酸菌の言葉が少しずつ聞こえるようになってきた(ような気がする)。

自然に、Geoが生えてきた。
まだpHが上がりきっていない。リネンスがくるまで時間がかかりそう。

原乳である、東京の牛乳は、素晴らしい。
脂肪分が高すぎるきらいはあるが、チーズを作るのに、まったく遜色がない。
筆者は、少しécrémé(エクレメ:脱脂)している。
というのは、そのままだと、熟成に影響が出るし、味がくどくなる。
1回目に作ったF.Bは、脂肪のざらつき感があったが、écréméしてから口当たりが良くなった。

フロマージュ・ブラン 500gと150g。
両方ともナチュール(プレーン)。カンパーニュタイプなので、つぶつぶがある。

熟成庫の容量があまり無いので、ちょっと頭がいたい。
11月7日、8日と、来日していたMOFのロドルフ・ル ムニエ氏の通訳の仕事が入り、その週は製造を1回にして調整したのだが、うまくいかない。
少し違うタイプも作ってみようとして、熟成庫がいっぱいになりつつあるのも事実。
なんとかするしかない。

ここで、一つお知らせ。

見学希望の方へ。
Porte Ouverteという、一般公開を考えていたのだが、毎日何かしら作業があるので、無理そうである。そこで、工房のチーズ販売時間である、水、金、日の午後1時〜5時なら、予約していただければ、見学できるようにしたい。
(申し訳ないが、食品製造なので、お子様は不可)
予約は、このブログでも、Facebookページのメッセージでも、HPのメッセージでも構わない。工房に電話でもいい。

表札。

何人かの方から問い合わせがあったが、こちらが忙しくてご希望に添えなかった。
なんとか、作業の時間割ができたので、見学解禁である。
また、製造の講習は、来年になってから行う予定である。
乞うご期待!

2014年10月13日月曜日

フロマージュ・デュ・テロワール(Fromages du Terroir)始動!

10月10日に、保健所の営業許可がおりた。
正式の許可証は、16日におりるので、20日から営業する事にした。
筆者の屋号は、「フロマージュ・デュ・テロワール(Fromages du Terroir)」。
いま、ホームページも製作中である(手間取っている・・・)。

場所は、青梅市になる。
詳しい連絡先は、ホームページとFromages du TerroirのFacebook(これから作る予定)で見ていただきたい。

筆者が目指しているのは、「青梅」というTerroir(テロワール)に根ざした商品である。
そこで、今度作るチーズは、青梅の小澤酒造株式会社のお酒を使った、ウォッシュタイプとフロマージュ・ブランのプレーン。
しかし、筆者のうちの近所に「ベリーコテージ」という、ブルーベリー、ラズベリー等を作っている農園がある事に気がついた。

ベリーコテージ。ジャムやケーキ、ジュースも扱っている。
これからキウイフルーツの摘み取りがあるそうだ。
季節外れだけれど、フランボアーズ発見!

そこでお話を伺ったら、ドライブルーベリーを作っていると言うので、それを使ったチーズデザートも作る事にした。
ただ、ドライブルーベリーは量が少なく、今は季節ではないので、受注生産になる。
来年からは、そこの製品を使ったチーズデザートをオーナーと企画しているところだ。

写真があまり良くないが、ドライブルーベリー入りのチーズデザート。

ドライブルーベリー入りのチーズデザートは、こんな風に販売する。

前回と今回は、筆者の私事を書いてしまったので、このブログの本質から外れてしまって、申し訳ない。
工房見学を希望している方もいらっしゃるようなので、Port Ouverte、一般公開も考えているのだが、今のところ日時は未定である。
11月のどこかの土曜日かな、とは思っているが・・・

また、チーズ講習は、来年からと考えている。
今年は、ちと無理である・・・
テキスト作りや、パワーポイントも必要だしね。
もちろん、実習もあり。
どんな風にしようか、何のチーズにしようか、楽しんで悩んでいる。

また、次回から、チーズのことについて、追っていく。
カゼインとミネラルまで、なんとか書いてきたので、次回は la protéine sérique(ホエー蛋白)にしようか。

2014年10月4日土曜日

もう少ししたら、チーズを作り始めます!

先週は、もうホントに、バッタバタだった。
29日に、キューヴの搬入、酪農組合との打ち合わせ。
その後は、工房に搬入される機材の受け取りで、工房と自宅を行ったり来たり。
頭の中がそっちでいっぱいで、とてもブログを書ける状態ではなかった。

特に、今綴っているのが小難しい事なので、確認作業をしないと、とても公開できないシロモノ。
いま、フランス語を読むと、頭が爆発しそうで、ちょっと避けてましたな。

ということで。

工房の中を少し紹介。

まず、キューヴ。
やっと来ました、というところ。
静岡にある、大生機設という会社にお願いして、作ってもらった。
100Lまで処理でき、二重構造で、 温水による殺菌も出来る。

100L入ります。無理すれば、110L。

最初は、ラクティック・ドミノンのチーズ生産なので、トロンシュ・カイエ(le tanche caillé:カードナイフ)はつけていない。
いずれ、PPNCも作りたいので、手に入れるつもりだが、まだ早い。

シャリィヨー。熟成庫に置いてある。

次に、シャリィヨー(le chariot)。
この棚みたいな部分に、グリーユ(la grille)という、金網をおさめる。
日本だと、足付きの金網を使う人が多いようで、それだと割とすぐ手に入るようだ。
筆者は、フランスでこのタイプを使っていたので、輸入してもらった。
輸入してくれたのは、小野化工。

下に、キャスターがついているので、移動がらくだし、グリーユを追加すれば、結構な量のチーズを処理できる。
ちなみに、シャリィヨーがあるのは、熟成庫。
これは、内装屋さんが知恵を絞ってくれて、中の壁は、キッチンパネルを貼った。

水滴がついても、すぐに拭けるし、カビも生えにくい。
チーズ工房の内装なんぞ初めてなのに、いろいろアイデアを出してくれた。
施行は、宮坂総合設備。
本当に、お世話になりました(もう少し、追加でお世話になります・・・)。

次は、作業台。
日本だと、カードパレットと言うみたいだが、ここで型詰め等をする。
乳清の排出が出来る作業台が見つからなかったので、これも特注品。
製作は、キューヴと同じ、大生機設。

上にごちゃごちゃ物が乗っているが(キューヴ用の部品)、ここで型入れする。

そのほかは、割愛する。
大きな物は、このくらい。
あ、それから、工房の中は、外から見えるようにした。
明かり取りのためと、ちょっと覗けた方が面白かろうと、はめ殺しの窓がついている。

工房の中から、外が見える。逆もまた真なり・・・

まだまだ細かい物の取り付けがすんでいない。
看板も、まだ無い・・・

2014年9月28日日曜日

チーズの製造方法:基本編 乳中のミネラルとカゼインミセルの関係

前回は、カゼインミセルの話だったが、カゼインミセルとミネラルは、密接な関係にある。
前々回の、乳成分のところで、ミネラルのところに、「構造に組み込まれたもの」、「構造に組み込まれないもの」と書いたが、構造に組み込まれる物は、Ca、P、Mgである。

Ca(カルシウム)、P(リン)、Mg(マグネシウム)は、カゼインミセルを形成するのに、重要な役割を果たす。
特に、CaとPは、リン酸カルシウムとなり、カゼインを繋ぎ、立体的構造を作る「橋」の役割を果たす。

Ca、P、Mgは、それぞれイオンの状態になって水層にも存在するが、特徴的なのは、「コロイド状リン酸カルシウム」となって、カゼインミセル形成に関与している事である。
そして、チーズを作る時には、この「コロイド状リン酸カルシウム」が、重要なのである。

図-1:酸性ジェルの形成

上の図-1を見ていただこう。
酸性ジェルの形成の様子を現した図である。

pH6,6からpH5,4までは、ミセルは均等に水層中にあり、安定しているが、pHが下がるにつれて、少しずつコロイド状リン酸カルシウムが溶けて、カルシウムがカルシウムイオンとなり、水層に溶け出していく。
また、カゼインが溶解していくので、ミセル同士の反発力も低下し、次第に近寄っていくと考えられる。

しかし、ここまでは、ある程度可逆性があり、元の状態に完全に戻るわけではないが、ミセルの再構築がおこる。

pH5,4〜5,2は、ミセルが徐々に分解して、球形を保てなくなっていく段階。
pH5,2〜5,0は、ミセルの不均一化がおこる。
そして、ミセルはほぐれ、反発力を失って、堆積していくのである。

pH5,0以下は、既に酸性のジェル状態になっている。
すなわち、ヨーグルト。
この状態では、カゼインミセルは崩壊して堆積しているだけで、網目構造は無い。
水気を絞ってしまうと、ぼそぼそした食感のもろい生地が出来る。

このタイプは、東洋型のチーズと言われる物で、丸めて天日干しして保存食にする。

次の図は、「酵素凝固ジェル」。

図-2:酵素凝固ジェル

図-2を見ていただきたい。

まず、カゼインミセルにキモシンが作用すると、加水分解がおこり、CMPがミセルを離れて水層に取り込まれる。

毛状のCMPが離れる事によって、帯電がなくなり、ミセルは互いに近寄って、凝集する。
そして、カルシウムをジョイントとして、網目状の組織を作るのである。

このように、酸性のジェルと酵素凝固性ジェルは、かなり成り立ちも状態も違う。
しかし、チーズは、乳酸菌によって、pH調整をし、凝乳酵素を使う事でカイエを作っているわけだから、両方が絡み合って、複雑な組織を作っている事になる。

また、カルシウムとリンが組織を作る上で重要な役割を果たすのだが、pHだけでなく、温度も重要な要素である。
実は、温度を上げると、カルシウムがコロイドから溶け出してしまうのだ。
だから、殺菌乳でチーズを作る場合、CaCl2を加えて、Caを補充するのである。

筆者がチーズ種を作るために、絞り立ての牛乳を分けてもらった時に、少し多めだったので、無殺菌乳のチーズを作ってみた事がある。
全然違う。
よく固まりますな。

市販の殺菌乳は、時間が経っている上に(多分3日くらい)、温度管理が怪しいので、いつも柔らかすぎるカイエになる。
しかも、ホモジナイズドされているから、歩留まりはいいが、やわやわのカイエで乳清の抜けが悪い。
でも、絞り立ての牛乳で作ると、固いカイエになって、乳清の抜けもよい。

フランスの農家で作っている時は、状態の良い原乳を使っているわけだから、うまくできるよな〜、などと、少しいじけていたが、ようやくよい原乳が手に入りそうである。
10月6日と思っていたが、届かない資材があるので、10日に開業予定。

明日、キューヴが届く。
楽しみである。

2014年9月17日水曜日

チーズの製造方法:基本編 ミセル・ド・カゼイン(la micelle de caséine)

前回、カゼインには、4種類ある事を説明した。
では、カゼインは、どのように、乳中に存在しているのだろうか?

カゼインは、ミセル・ド・カゼイン(英語だとカゼインミセル)という塊の状態で、乳中に浮かんでいるとされている。
カゼインは、乳中の蛋白質の中で、チーズ製造に関わる最重要成分であるが、いまだにその構造がよく解っていない、へんてこな物質でもある。

カゼインの構造は、サブミセルからなっているという説が有力のようだが、電子顕微鏡の写真では、よく判らない。

カゼインミセルの電子顕微鏡写真。
(Dalgleish, D.G., P.Spagnuolo and H.D.Goff. 2004)

いくつかのカゼインミセルのモデルを見つけたので、載せておこう。

図-1:サブミセルがはっきりしたモデルともやもやしたモデルがある。

筆者の持っている資料では、図-2のモデルが載っているのだが、フランスで習ったのは、図-3のモデルである。
そのモデルにそって、カゼインミセルとは何ぞや、と考えてみよう。

図-2:フランス語の下に、日本語を入れておいた。リン酸カルシウムでミセルがつながっている。


図-3:筆者が習ったのは、このモデル。(Holt et Al 2003)

上のモデルが、Holt et Alの考えたカゼインミセルのモデルである。
もやもやしているのは、蛋白質の連なり。
そして、真ん中の部分がα-カゼイン、その外側がβ-カゼイン、一番外側がκ-カゼインであり、ひげ根のような蛋白質を生やしている。

ここでは、一番特徴のあるκ-カゼインを説明しよう。

κ-カゼインは、1〜169まで番号をつけたアミノ酸のつながりだが、主に二つの部分からできている。
1〜105までのアミノ酸のつながり部分と、106〜169のアミノ酸のつながり部分である。
この二つの部分がどのように違うかと言うと、106〜169までは、糖を含んで親水性だが、1〜105までは、疎水性なのだ。

ちなみに、α-カゼインもβ-カゼインも疎水性である。
だから、「疎水性と親水性の部分を持っている」事が、κ-カゼインの大きな特徴なのだ。

カゼインミセルがなぜ乳中に浮かんでいるかと言うと、一番外側に位置するκ-カゼインの親水性部分、ミセルの帯電、κ-カゼインの特殊な構造(毛状の蛋白質)のせいである。

ミセルは、-18mVに帯電しているので、その反発力によってくっつくのを免れている。
また、κ-カゼインの105〜169部分は親水性であるが、ミセルの真ん中にあるα-カゼイン、β-カゼインとκ-カゼインの1〜105の部分は、前述の通り、疎水性。

すなわち、疎水性の中心部を親水性の部分が包み込んで水に親和し、帯電してくっつくのを防ぎ、ひげ根のようなものを生やしているせいで、プカプカ(?)浮かんでいる、というわけである。

そうやって浮かんでいるカゼインミセルの大事な毛状の部分を切ってしまうのが、キモシン(la chymosine)。

キモシンがκ-カゼインの105のフェニルアラニン(Phenylalanine)と106のメチオニン(Méthionine)の間を切断すると、1〜105は、パラカゼインκになって、他のカゼインに取り込まれ、106〜169の部分はカゼイノマクロペプチド(le caséinomacropeptide:図-2のCMP)となって、水中に放出される。

帯電が喪失すると反発力がなくなる。
疎水性の部分がむき出しになると、水を避けて、寄り集まる。
だから、ミセル同士の結着がおこる。
また、ひげ根がなくなるせいで、浮いていられなくなる。
だから、カイエを形成するのである。

筆者の恩師は、キモシンじゃなくても、105-106の間は切れる、と言っていた。
切れりゃいいってモンじゃない、とも言ってましたな。
また、カゼインの構造を考える時、重要なのはミネラルである。
図-2にある、リン酸カルシウムが、ミセルの構造にとって、大事な役割を果たす。

次回は、ミネラルの話にしましょうか。

2014年9月10日水曜日

チーズの製造方法:基本編 乳中の蛋白質

アーカイブで、以前、乳成分について触れたが、改めて、乳成分についてお話ししよう。
まず、乳中には、なにがあるか?
下の図-1を見てもらうとわかるように、
  • 水分
  • 脂肪
  • 糖分(乳糖)
  • 窒素化合物
  • ミネラル分
である。

図1:乳成分(g/Kg)

今回の主題である、蛋白質は、窒素化合物の中に入る。
え?蛋白質だけじゃないの、とおっしゃる方もいるだろうが、動物の分泌物である。
そんなに単純じゃないのだ。

窒素化合物には、蛋白質と、非蛋白質がある。
窒素化合物非蛋白質の大部分は、尿素。
そのほか、アミノ酸(アミノ酸は、蛋白質ではない)、ペプチド(ペプチドも、蛋白質ではない)、クレアチニン、アンモニアなどがある。

フランスの学校では、このMAPを計測して、実習時の数値としていた。
今のところ、資料が無いので、どの程度、チーズに関与しているのかは、わからない。
老廃物と見なす事もあるようだ。
しかし、乳中には、カゼインだけでなく、色々な窒素化合物がある事を知ってほしい。

次に、チーズ作りに重要な、カゼインである。

カゼインには、
  • カゼインαS(αS-1とαS-2がある)
  • カゼインβ
  • カゼインκ
  • カゼインγ
の4種類がある。
このうち、カゼインγは、カゼインβの分解物なので、あまり気にしなくていいが、他の3種類は、チーズにとって、重要である。

まず、カゼインαS(アルファ エス)。

下の表-1を見てもらうとわかるように、牛乳では、カゼイン合計のうち、46%を占めている。羊乳も多く、47%。しかし、表-2を見てもらうとわかるように、山羊乳は、27%にすぎない。
表-1:動物の種類別による乳中蛋白質の内訳(下記のリンク中の表を日本語にしたもの)
http://www.fouillez-tout.com/bergerie/bergerie_analyse_lait.html

表-2:牛乳、山羊乳、羊乳中の蛋白質の内訳と、カゼインミセルの大きさ
(参照:「Le fromage:第3版」P35 Tableau 8 Caractéristiques micellaires comparées des laits de vache, de chèvre et de brebis.より抜粋)

これが何を意味するのかと言うと、山羊乳では、大きいチーズが作れないという事である。

なぜかと言うと、チーズの骨格である、「網目構造」を作るのは、カゼインαSだからである。そのカゼインαSが少ないのだから、しっかりした骨格が出来ないのだ。
だから、山羊乳では、PPCはほぼ無理である。
混乳なら、可能だが。

羊乳だと、PPCの製造は可能だが、脂肪分が邪魔をするので、長期熟成には向かない。
牛乳でも、長期熟成するコンテ(le comté)やパルミジャーノ・レッジャーノ(il parmigiano reggiano)は、エクレメ(écrémé:脱脂)して、脂肪分を減らしている。

次に、カゼインβ(ベータ)である。

αSが骨格を作るのなら、βは何をするのかと言うと、香味(la flaveur)を作る。
だから、βの多い山羊乳は、必然的に風味が強くなる。
山羊乳の場合、脂肪の分解物等も独特の匂い形成に関係するが、それは、脂肪分のところで説明しよう。

筆者が表-1で面白いと思ったのは、水牛乳である。
脂肪分が多いのは知っていたが、カゼインβが多いのは知らなかった。
という事は、水牛乳で、PPCを作るのは、難しいという事になる。

また、モッツァレラ。
水牛乳のモッツァレラは、牛乳のモッツァレラには無い、独特の柔らかさがある。
これは、カゼインβのせいではないかと推測する。
カイエの骨格が、きちんと出来ないのではないだろうか。
脂肪分だけの問題なら、ジャージー乳でも、同じ食感のものが出来るはずだ。

厳密に言うと、牛は牛属、水牛はアジア水牛属になり、乳成分の比率が違っていても、不思議は無い。

お次ぎは、カゼインκ(カッパ)。

このカゼインは、有名である。
何しろ、凝乳酵素によって、劇的な変化をし、カイエを作るのに、重要な役目をするからである。
κは、面白い事に、山羊乳に多い。

と、ここまで書いてきて、気がついた。
カゼインの構造を説明した方がいい。
ただ、カゼインの構造は、まだ完全に明らかになっているわけではないので、わかる範囲内で書いていこうと思う。

カイエがどのように出来ていくのかも、説明したいので、次回に書く事にしよう。

2014年9月4日木曜日

チーズ製造方法:基本編 乳成分

フランス時代、伝統的チーズ製造の講座にいたころ、"nouveau fromage"という題材のレポートを書いた事がある。
筆者は、全く新しい、今まで無かったようなチーズを作るというレポートを書くのだと思ったが、チームメートは、違った。

「新しいチーズ」という意味は、その工房で、どんなチーズを新しい商品として開発するかという事だったのだ。
筆者のチームメートは、まず、その工房でのキャパシテ、すなわち許容量を考えた。
どうして新しいチーズが必要になったのか、から始まるのである。

筆者の試作品。塩付けの後。ホモ牛乳なので、真っ白できれい!
このチーズは、赤くなるのが遅いのに、柔らかくなるのが早かったので、
筆者と家族のおなかの中へ・・・ワインがすすむ・・・

乳量が増える、作っているものの販売が芳しくない、など、色々な理由を考えて、どんなチーズを商品として加えたらいいのかというところから始まり、原乳の量から、どの程度の大きさのチーズが作れるか、また、個数は?と考えていく。
もちろん、工房の規模、新しい設備投資がどのくらいできるのか、でも変わってくる。

すごく面白い題材だった。

今、このレポートが役に立っている。
どのようなチーズを、どうして、どのような規模で、何を利用して作っていくのか。
筆者の工房に役立つような、課題だった。
そして、その時に考えたように、チーズを作っていこうと考えている。

筆者はどちらかと言うと、山羊専門で、山羊乳の事には詳しい。
何しろ、レポートを書く時、いやというほど調べたからだ。
しかし、いま、日本で作ろうとしているのは、牛乳のチーズだ。
基本は知っているけれど、使いこなすには、これから調べなきゃなるまいと、いろいろ調べてみた。

そこで、「乳成分」である。
まず始めに、チーズが出来る乳か、出来ない乳か、から参ろう。

乳は、大きく二つに分けられる。
Lait albumineux(レ・アルブミノー)とlait caséineux(レ・カゼイノー)である。

以下の表は、参考程度にしていただきたい。
何故なら、牛、山羊、羊の乳の成分比率は、地域や品種によって、変わるからである。

1リットルあたりの乳成分。下記のサイトの表を日本語訳したもの。
http://www.ledomainedetamara.fr/?page_id=133

この表を見てみると、人、馬科の動物は、蛋白質自体が少なく、炭水化物、すなわち、乳糖が多い。これは、脳との関係だろう。
反芻動物と、その他の動物を比べてみると、蛋白質の合計は、トナカイを除けば、その他の動物の方が多い(豚を除く)。
しかし、その他の動物では、カゼインも多いが、アルブミンも多い。

比率から見ると、反芻動物は、カゼイン/蛋白質合計が、78%以上だが、その他の動物は、ウサギを除いて50%以下である。
乳蛋白中、カゼインの比率の多い乳をカゼイノー、カゼインとアルブミンの分量が近いものをアルブミノーと言うのである。

アルブミノーの乳は、アルブミンがカゼインの周りに位置するので、もやっとしたコロイド状にはなるが、固まる事が出来ない。
だから、チーズにはならないのである。
ウサギは面白い事にカゼイノーなのだが、乳量の問題で、チーズ作りには向かない。
巨大なウサギでもいれば、可能だが・・・

また、人乳はアルブミノーなので、幼児は牛乳をうまく消化できないそうだ。
カゼインを消化するのがへたくそなのだろう。
筆者は、子供の頃から牛乳でおなかをこわした事が無いので、よく解らないが・・・

乳のpHは、「Initiation à la technologie fromagère」によると、6,6〜6,8となっている。
これは、カゼイノーのpHであるが、アルブミノーの乳のpHは、もっと高く、中性に近いという事だ。
ただ、pHが低いカゼイノー乳は、チーズを作る時に厄介だ。
pH6,6だと、作れるチーズが限定される。特に、殺菌乳の場合は。
この事は、いずれ、製造について書く時に、書こうと思う。

資料には載っていないが、モンゴルなどでは、ヤクの乳を使って、チーズを作っているそうだから、他の反芻動物でもチーズ製造は、可能だろう。
ただ、トナカイなど、北の方にいる動物の乳は、脂肪分が多いので、チーズを作るのは少し難しくなりそうだ。
あらかじめ、エクレメ(écrémé:脱脂)をしなければ、脱水がうまくいかないだろう。

また、ラクダ乳を使って、工場でチーズを作る試みがあると聞いたが、蛋白質を加えないと難しいとも聞いた。
ラクダ乳の資料が無いので、カゼイノーかアルブミノーかわからないが、固まりにくいらしいので、アルブミノーだろうと推測する。

乳が出れば、何でもチーズになるのではなく、分析すると、こんな風なのである。
羊、山羊が家畜化されたのが、紀元前8000年ごろ、牛は、紀元前6000年頃。
先人たちの知恵の結晶とも言える、食品だ。

次回は、乳成分を細かく見ていこう。
まず始めは、乳蛋白から。

2014年8月27日水曜日

チーズ製造方法:序

昨年の9月から、このブログを書き始めたので、約1年続けた事になる。
途中で入院したり、何を書いていいか判らなくなったりしたが、なんとか続けてこられたのは、読んで下さっている方々のおかげである。

楽しみにしているという励まし、質問、アドヴァイス。
始めは、よく言えば専門的、そうでなければ、理屈っぽいチーズブログを書いても、見てくれる人なんぞ、あんまりいないだろ〜な、と思って始めたのだが、読んでくれる人が思ったよりたくさんいらっしゃるようなので、感激している。

筆者も工房の開業が迫り、時間が取れなくなってきているので、このところ、週一でブログを更新する事が多くなった。
不器用なのと、不確かな事は書きたくないという思いで、調べ物をしてから書くようにしていると、なかなか書けない。

このところ、何を書いていったらいいのか、というのが、筆者の課題だった。

結論は、もっとチーズの製造に関して書いていこう、である。

筆者も自分のチーズを作る上で、復習する事も多い。
それなら、書き続けられるのではないかと思ったし、チーズ製造をしたい人に対して、力になれればと考えたからだ。

フランスでチーズの勉強をしていた時、日本に帰ってから、何が出来るのだろうと考えた。
自分で作るのもいいが、それだけではなくて、自分の学んできた事を伝えるのが役目だろうとも、思った。
若い人に、知識を伝えていく事で、農家製のチーズが、たくさん日本で出来るようになれば、産業としても上向きになるのではないかとも。(筆者は若くないので。後何年現役?)

ブルゴーニュのアルピンヌの群れ。

上のアルピンヌたちのマコネ。マコネは、反転しないから、富士山みたいになるのです。

もっと、多くの人にチーズのおいしさを知ってもらうために、色々な活動をしている人はたくさんいる。
仕事や、個人でフランスやイタリアの農家巡りをして、チーズを発信している人たちの、なんと多い事か!

彼らのしている事は、意義のある事だと思う。
筆者は、農家で働いていたし、学校にも行ったが、たくさんの農家を回ったわけではない。だから、働いていたところや学校の情報は持っているが、個々の農家に関しては、情報は無い。

ノルマンディー時代に訪ねた農家のホルスタイン。
ノルマンディーとブルターニュは、ホルスタインが多い。

そして今、自分の工房を作っているところなので、フランスには行けない。
行きたいけれど。
時間と資金に余裕があれば、系統立てて、農家を回る事も可能だが、いかんせん、時間も資金も無い。

だから、筆者は、日本のチーズの製造分野で、貢献したいのだ。
チーズの製造に関する話は、理系になるので、文系の方には難しいと思う。
筆者だって、高校の化学の知識だけでフランスの学校にいた時は、知らない事も結構あった。物理なんぞ、忘れている上に、フランス語。
???の世界だった。

だから、解りやすく書いていこうと考えている。
例えば、pHや酸度。
理屈は解らなくても、どのように使っているかが解れば、何とかなる。

なるべく、理系でない人にも解るように、書いていくつもりである。
筆者の説明では解りにくいと思ったら、本を紹介するなど、色々な人に理解してもらうように、努力をしていく。
でも、解らなかったら、どしどし質問してほしい。
何が解らないかを知る事も、筆者には、重要だからだ。

また、ブログには限度がある。
表を載せたいと思っても、うまくいかないし、言葉で説明するのとは違って、一方通行になりかねない。
いずれ、製造講座を企画するつもりだが、早くて来年になりそうである。

Facebook Pageの方では、フランスのチーズのサイトなどから、情報を仕入れて、きれいな写真も載せる事が出来る。
チーズそのものの情報は、そちらを見てもらうと変化があるだろう。
しかし、ブログは、チーズ製造そのものにスポットを当てよう。

次回からは、製造について。
チーズ製造の教科書の定石通り、始めは、「乳成分」である。

2014年8月20日水曜日

チーズを切り分ける

チーズの切り方は、いろんな人がいろんな事を説明していると思う。
例えば、チーズプロフェショナル協会や、チーズ教室をしている方達など。
みんな、きれいに盛りつけていて、すごいなと思う。
筆者は、きれいに盛りつけたいけれど、チーズの原型がわかった方がいいと思っているので、結局、ゴロゴロにしてしまう。

この写真は、「Produits laitiers」から引用したもの。筆者が作るとこんな風に、ゴロゴロになる・・・
http://www.produits-laitiers.com/2011/03/22/comment-composer-plateau-de-fromages/

フランス時代は、貧乏留学生だったので、ほとんどレストランで食事をした事が無い。
いつも、パンとチーズとワインを買って、家で食べる生活。
たまに、地方にいく事があって、ホテル(高級ではない)に泊まった時はレストランで食べた事もあるが、チーズは自分で切って、お皿に取る事が多かった。

フランス人も、チーズを切る事に関しては無頓着で、ノルマンディーの学校で、カマンベールの試食時に、同級生は(フランス人だ!)、端から切って食べていた。
均等に切る人なんぞ、いない。
筆者がサントモールの端を切って、藁を引き抜いてから反対側を切ろうとしたら、何やってんの、と、怒られたな。

レストラン関係の人は、きちんとするのだろうが、どーでもいいとも思う。
だけど、皆が美味しく食べる、という意味では、きちんと切り分けた方がよい。

今回、筆者はあまりいい写真を持っていないので、「Produits laitiers」の「Comment découper les fromages?(どんな風に、チーズを切るの?)」の記事と
http://www.produits-laitiers.com/2011/11/23/comment-decouper-les-fromages/
「TechnoResto.Org」の「Le service des fromages au restaurant(レストランでのチーズサーヴィス)」http://technoresto.org/tp/ta_fromages_bep/ta_fp.html
のイラストを引用する。「TechnoResto.Org」は、チーズのレストランサーヴィスを書いているので、興味のある方は、どうぞ。チーズサーヴィスのワゴンの図もあった。

Facebook Pageのチーズ A to Zを見た方は、見覚えのある写真だろう。
元々は、「Produits laitiers」の写真のようだ。すごくいい写真だと思う。

これも同じ、「Produits laitiers」から。図形みたいで、面白い。

一番いい方法は、「外側(皮の部分)と内側(柔らかいところ)が均等になるように切り分ける事」である。
しかし、チーズの大きさ、形によって、少し変化する。
ヤギのチーズなんて、どう切るんだ?と思った事もある。
そこで、「Produits laitiers」では、このように提案している。

  • 小さいか、中くらいの大きさで、丸く平たい形(カマンベールやルブロションなど)あるいは、ハート型のもの(ヌシャテルなど):
真ん中と端の部分が等しくなるようにする。真ん中から均等に切るとよい。


  • 丸くて大きいもの(ブリなど):
小さいチーズと同じように三角に切って、それを二つに切る。横に2つに切るといい。


  • ピラミッド型(ヴァランセなど)や筒形(シャロレなど):
丸いチーズのように切り分けるが、薄くなるので、横にして盛りつける。

ヴァランセなど。

ガプロンなど。

  • 四角いもの(マロワルなど):
最初に対角線に切ってから、切り分ける。2の倍数に切る事ができる。

  • 薪形(サントモール・ド・トゥーレーヌなど):
最初の一切れを取り除いてから、均等に切り分ける。サントモール・ド・トゥーレーヌの場合は、チーズをうまく切るために、藁を取り除くとよい。
サントモール・ド・トゥーレーヌの場合、端を切って、藁を抜き、反対側から切るときれいに切れる。
藁ごと切ると、チーズが崩れる。

  • 大型のチーズを切ったもの(コンテ、サレール、モルビエなど):
真ん中の部分を切り分けていき、半分のところで皮が均等になるように切る。


チーズ屋さんだと、コンテなどは、こんな風に大きく切る事が多い。
プラトーにする時は、上の2つのイラストのように切ると、平等になる。

  • ブルーチーズ(ブルードーヴェルニュ、フルム・ダンベールなど):
ロックフォールの場合は、4等分にし、それを扇子状に切る。フルム・ダンベールのような形のものは、始めに上から円盤状に切り、それからカマンベールのように切り分ける。

フルム・ダンベールなどの切り方。

  • 流れる様に柔らかいチーズ(モンドールなど):
上の部分の表皮をナイフで取り除き、スプーンを添える。


  • 特に固いチーズ(ミモレット・エクストラ・ヴィエイユなど):
切るのではなく、砕いて提供する。

また、テット・ド・モアンヌは、ジロールで花びら状にして、提供する。

切り方は、ざっとこんな感じだが、そんなに難しいものではない。
ただ、実際に切ると、なかなかうまくいかなかったりするのだが。
チーズに合わせた器具を使うのが、一番いいと言える。

筆者が、仕事でチーズを切る時に、一番使っていたのが、クロタンナイフ、ギロチン、ワイヤー。
ギロチンは、場所を取るし、高さが決まっているので不便なところもあるが、すごく使いやすいのだ。
カマンベールやポン・レベークなどもこれで切れるし、チェダーも大丈夫。
何しろ、まっすぐ切れるので、きれいなのである。
皮のあるPPNCは、皮にクロタンナイフで切れ目を入れれば、ギロチンでOK。

ワイヤーは、フランスで、持ち手のあるものを売っている。
フランスで買う時に、何を切るのか聞かれたが、何を切りたいのかわからなかった筆者は、適当に2種類買った。
寸法もいろいろあって、大きいチーズだと長く、小さいものを切る時には短いものを使うのだ。これは、かなり仕事で役に立った。

オメガナイフはほとんど使わなかった。
ブリなどのホールは、包丁でないと無理だが、ポーションなら、ギロチンを使っていた。ギロチンの利点は、チーズがくっつかないので、切り口がきれいになること。
ただし、固いものを無理矢理切ろうとすると、ワイヤーが切れてぶっ飛ぶので、ご注意を。

パリの雑貨屋さんで買った、プラトー。ガラス製なので、恐くて使えない・・・
ナイフも付属のもの。別売りで、ネズミの形をしたのもあって、お土産にしたっけ。

先週は、お盆休みで少しのんびりできると思っていたが、ぎっちりアポが入り、毎日出かける体たらく。Facebookの友達が、あちこち遊びにいっているのをいいな〜と見ていた。工房の工事も始まっているので、ますますバタバタの日々が始まりそうである・・・

2014年8月8日金曜日

チーズの起源

筆者は、考古学が好きである。
チーズがどこで生まれたのかにも興味があって、調べたところ、いい本を3冊ほど見つけた。

  • ジャレド・ダイアモンド氏の「銃・病原菌・鉄」
  • ポール・キンステッド氏の「チーズと文明」
  • ジャン・ボテロ氏の「最古の料理」

ピューリッツァ賞受賞。人類史を知るには、いい本です。

最古の料理は、メソポタミアの粘度板を解析したもの。
チーズと文明は、チーズから見た文明史。惜しむらくは、産業革命以降が、イギリスとアメリカに限定されていること。


まず、「銃・病原菌・鉄」は、人類史の本である。
だから、チーズ以外の事もたくさん書いてあり、人間がどのように発展してきたかが解って、興味深い。
この本によると、人間が、初めて食物を栽培し、定住生活に入った地域は、5つ。

  • メソポタミアの肥沃三日月地帯(南西アジア)
  • 中国
  • 中米(メキシコ中部、南部、その近隣の中央アメリカ)
  • 南米のアンデス地帯
  • アメリカ合衆国東部


これらは、確証があるそうだ。
この中で一番古い地域は、肥沃三日月地帯で、紀元前8500年と検証されている。
では、なぜここなのだろうか、どうして紀元前8500年なのだろうか、という疑問にも、この本は答えてくれる。

まず、なぜ人はこの地域で、食料を生産するようになったかと言うと、

  1. この13000年の間に入手可能な自然資源が減少し、狩猟生活をするための動植物確保が難しくなった。
  2. 獲物が少なくなった時期と重なって、気候が変化し、肥沃三日月地帯では、野生の穀類(大麦、小麦など)の自生範囲が拡大した。
  3. 食品生産をする上での知識が蓄積された。

が、理由である。
だから、紀元前8500年ほど前に、人々は肥沃三日月地帯に定住し、作物(主に穀類、豆類)を作って生活するようになったとこの本は伝えてくれる。

そこで、チーズをもたらしてくれる家畜についてだが、ダイアモンド氏は、家畜になった動物を「由緒ある14種」とし、その中でも5種を「メジャーな5種」としている。
それは、

  1. 山羊

である。
この5種の家畜の祖先は、すべてユーラシア大陸に分布していた。
それぞれのご先祖は、

  1. 羊:西アジアおよび中央アジアの「ムフロン」
  2. 山羊:西アジアの山岳地帯に生息する「パサン(ノヤギ)」
  3. 牛:ユーラシア大陸と北アフリカに生息していた「オーロックス」
  4. 豚:イノシシ
  5. 馬:南ロシアに分布していた、野生馬。

であるが、このうち、豚と馬はチーズを作る主な動物ではないので、羊、山羊、牛に話を絞ろう。

羊の先祖は、ムフロンとされているが、この種は現在でもコーカサス、イラン、イラクなどに生存している。ダイアモンド氏によれば、西南アジアで、紀元前8000年くらいに家畜化されたらしい。詳しい事は、以下、URLを参照していただきたい。
http://www.pz-garden.stardust31.com/guutei-moku/usi-ka/muhuron.html

山羊の先祖は、パサンで、これも現在、パキスタンやアルメニアなどに生息している。この動物も、紀元前8000年頃に、西南アジアで家畜化されたと見られている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/パサン
キンステッド氏によると、山羊が先に家畜化されたというのだが、筆者は同じ頃、同じような場所で、山羊と羊が家畜とされたと思う。
というのは、ダイアモンド氏によると、家畜化される動物には、特徴があり、山羊と羊はその点でよく似ているからである。

ダイアモンド氏によると、家畜化できる動物は、

  1. 餌の経済効果がよく(山羊は、身体の割に乳量が多く、何でも食べるので、フランスでは、「貧乏人の牛」と言われる)、
  2. 成長速度が速く、
  3. 繁殖しやすく(種付けしやすい)、
  4. 気性が穏やかで、
  5. パニックを起こさず(パニックを起こすと死んでしまう)、
  6. 序列性のある集団を形成する(人間がその群れのリーダーとなれるから)。

という特徴を持っている。
山羊、羊ともにこの性質を持っており、同じような時期に、同じような場所にいれば、どちらが先とも言えないと思う。

牛は、少し年代が下がって、紀元前6000年頃、西南アジアとインドで。
ヨーロッパの牛と、インドのコブ牛は、原種の牛から何十万年か前に分かれたと考えられている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/オーロックス

さて、いよいよチーズである。

家畜が増えると、人々は、肉を取るためだけではなく、乳も利用する事を考え始める。殺してしまえば、「はい、それまでよ」だが、乳利用ができれば、殺さずにすむ。
「最古の料理」の著者、ボテロ氏によると、メソポタミアの粘度板では、紀元前4000年末期にはチーズ様のものがあったようだ。

メソポタミアの粘度板には、色々な料理の作り方が書いてあり、チーズやバターが調味料として使われた様子が見られる。
ただ、ボテロ氏によると、肉とビールとパンが庶民のごちそうだったようで、乳は酸化が早いので、身分の高い人の飲み物だったようだ。
羊飼いは、乳利用ができたようだが(生乳をすぐに飲める環境にあったから)、もし、チーズ作りが盛んなら、乳利用だけでなく、チーズを作って保存したのではないかと思う。

キンステッド氏は、紀元前6000年くらいからチーズを作っていたという説を唱えていらっしゃる。氏の説は面白いのだが、「こし器」はやはりビール用のもので、チーズ用のものではないと思う。この容器からチーズが発見されれば証明になるが、例えば、乳を入れるために使ったとすれば、やがてヨーグルトから、チーズ用のものになるのは必然なので、やはり証明が難しいように思う。

ボテロ氏の説のように、紀元前4000年末あたりに、乳利用があったとするしか無いだろう。何しろ、文献が無いのだから。

その後、食物の製造と家畜の利用は、驚くべき早さで、ヨーロッパとインドに伝わる。
そして、ヨーロッパでは、独自の発達を遂げていくのだ。
アジアでは、古代のチーズの作り方を継承したように思う。
中国では、家畜が豚と犬であった事が乳利用をしなかった理由になるだろう。

黎明期の人間がどんな風に食べ物を栽培し、家畜を飼っていたのか。
知りたい事は沢山あるけれど、秘密の方がいいのかも?

2014年8月1日金曜日

チーズを作る:収益率(le rendement)

Facebookページ版 チーズ A to Zに、Saint Maure de Touraine 一つにどのくらいの原乳が必要か、という記事をシェアした。
チーズ一つ作るのにどのくらいの原乳が必要か、という事を、フランス語では、「le rendement」という。
日本語では、収益率、回収率とでも訳そう。

これは、チーズを作る上では、とても重要な事である。
というのは、チーズの原価や、生産高に影響するからだ。
要するに、少ない原料でたくさんできれば儲かるという事ですな。

1991年の資料なので、少し古いのだが、筆者の恩師、Mietton氏によると、牛乳100kgに対して、収益率は、だいたい以下のようになる。

  • 脱脂したフレッシュチーズ  :35-45kg
  • 型入れしたフレッシュチーズ :16-18kg
  • カマンベール        :14-15kg
  • サン・ポーラン       :10,5-11kg          
  • チェダーチーズ       :9,5kg
  • エメンタル、コンテ     :8,5-9,5kg 

「脱脂したフレッシュチーズ」は、日本で見かけるフロマージュ・ブロンの脂肪分0%の物と思っていただいて結構である。
「型入れしたフレッシュチーズ」は、フランスでは、「フェセル(la faisselle)」と呼ぶ、ラクティック・ドミノン製法のカイエを穴あきの型に入れただけのチーズや、山羊チーズなどをさす。カマンベールは、PM、サン・ポーラン、チェダーはPPNC、エメンタル、コンテはPPCである。

フェセル(la faisselle)。このパッケージをカップに入れて売っている。
山羊のシャロレタイプ。このチーズは一つ作るのに、2リットルの山羊乳が必要。
このチーズの収益率は、24%。PMとしては、かなり高かった。 

原乳の組成は、動物によって変わる。
例えば、羊乳は、脂肪分、蛋白質ともに、牛乳のほぼ倍。
モッツァレラを作る、水牛乳も、羊乳ほどではないが、蛋白質、脂肪分が多い。
だから、収益率も変わる。

この資料では、動物の種による差は書いていないが、見てもらうと解るように、パット・フレッシュ(la pâte fraîche)とPPCとの差が大きい。
大きな理由は、水分の含有量である。

牛乳の場合で考えると、固形分は、ほぼ10%。
残りが水分である。
だから、収益率は、大まかに言うと10%なのだが、チーズの工程によって、それが変化するのである。

市販のフロマージュ・ブロンの場合、工場製と農家製では作り方が違うが、だいたい、収益率は、上記の通りと思って、差し支えない。
かなり多くの水分を含むので、収益率が良いし、すぐ販売できるので、農家や小さい工房に取っては、強い味方だ。

上部の袋に入っているのが、フロマージュ・ブロンになる。

農家製チーズの講座にいた時、工房を作る時は、フレッシュを必ず入れた方がよいと教わった。熟成させるチーズは、熟成している間収入が無いので、資金的にフレッシュチーズを作る事を勧められる。
フレッシュチーズと他の熟成させるタイプを組み合わせて製造するのが一般的だ。

カマンベールタイプなどは、違う意味で大変である。
例えば、一つ250gのカマンベールを作るとしよう。
AOPでは、大きさが決まっているので、250g以下のチーズは、AOPのカマンベール・ド・ノルマンディーとして、販売できない。

ブリヤ・サヴァランの熟成前。3週間ほど置いておくと、もわっと白カビが生える。

販売をなさっている方は、時々見かけるだろう、大きなカマンベール・ド・ノルマンディーを。250gのはずなのに、300gくらいあったりする。
筆者が見た中で一番大きかったのは、330gあった。
こうなると、蓋がうまく閉まらなくて、不格好なパッケージになる。

これは、標準偏差というものをうまく使えば解消できるのだが、やはり計算がめんどくさい。農家は、いろいろ工夫して、表などを作っているところも多い。
大きくできてしまえば、お客さんは喜ぶが、生産者は損する事になる。
こんな事も、収益率に関係してくる。

サンポーランは、牛乳の固形分をそのまま取り入れた感じである。
ただ、PPNCは、デラクトザージュ(le délactosage:英語では、ウォッシング)という工程があり、ラクトースを排出させるので、それによって収益率が変わってくる。
délactosageの程度を上げれば、ラクトースはほとんど出て行ってしまう。
そうすると、収益率も少なくなる。

サン・ポーランの写真が無かったので、ミモレット。PPNCの同じタイプ。

チェダーチーズは、チェダリング工程で水分がかなり排出されるし、コンテなどのPPCは、温度を上げる事によって、水分排出を促すので、やはり水分が少なくなる。
という事は、収益率も下がるという事だ。

PPCのコンテ。

こう考えると、フレッシュチーズを作ればいいかな?と思うのだが、残念な事に、フレッシュチーズには、付加価値があまり無いのである。
チーズのおいしさは、熟成する事によって醸し出される、「ウマミ」にある。
熟成させるチーズを作るのは難しく、また収益率も下がり、すぐにお金にならない。
でも、その美味しさで、付加価値がつき、ファンがつく。

筆者も、工房で、フレッシュと熟成タイプを作ろうと考えている。

7月に、工房作りのための一山を無事に超える事ができて、ほっとしている。
ホントに7月はドタバタで、あれもこれも考えなくてはならず、また、行動しなくてはならず、家族にも「心、ここに在らずね」と言われたくらい、上の空。

まだ、二つ大きな山があるが、8月半ばまでは、少し落ち着けそうである。