2021年4月19日月曜日

マリアージュ(Mariage)とティピシテ(Typicité)

「マリアージュ」は、結婚という意味のフランス語だが、食べ物と飲み物などの相性にも使われる言葉である。以前は使われることが多かったが、現在は、ペアリングという英語を使うことが多いようである。「ティピシテ」もワインやチーズなどによく使われる言葉で、特異な性質を表す時に使用される。日本ではあまり使われていないようだが。


ワインとチーズの盛り合わせ

今回、このテーマを選んだ理由は、フランスと日本の感覚の違いを考えてみたかったからだ。

 自然の乳酸菌種(ルヴァン=Levain)を作る資料を読んでいた時のことである。
こういう一説があって、日本とは違うな、と思った。

「多くの農家製のチーズの特異性を強化して、市販の乳酸菌の使用から解放されたいという願い」

 日本では、まだまだ乳酸菌は購入するものだと思っている向きが多い。市販の乳酸菌から解放されたいとは思っていないだろう。そして、「ミルクの優しい風味」、「食べやすさ」などを求める作り手も多いと感じる。消費者がそれを望んでいるから、ということなのだろうか。

 しかし、原乳にはこだわるのに、なぜ乳酸菌にはこだわらないのか、不思議だ。確かに前回書いたように、不安定で、うまくいかないことも多いのだが、「Typicité」にこだわろうとすると、市販の乳酸菌では物足りない。当工房で研修した後に自前の乳酸菌でチーズを作ろうとしたが、うまくいかない、という方もいた。乳酸菌がうまくいかないのだという。市販の乳酸菌を使用しているそうだが、残念だ。

 筆者にとって、「Typicité」というのは、土地の産物とのコラボ商品だけでなく、その土地の乳酸菌などの微生物を使用することなのである。実際、その土地の生産物とコラボしたチーズは多い。筆者のところも、青梅の酒造「小澤酒造」とコラボしたチーズが3種類ある。

 この頃増えているのを感じるのが、日本酒とのコラボ。
日本酒でウォッシュしたチーズを作る生産者が少しずつ増えているようなのだ。
ただ、日本酒は醸造酒なので、酵母が生きている。
日本酒の酵母は結構力が強いので、外国産のウォッシュのようなチーズを作るのは難しい。

 筆者の日本酒(生酛酒)を使ったチーズは、色が赤くならない。
日本酒の酵母が勝ってしまうようで、白っぽい酵母が表面に生える。
コンテストに出すと、「リネンス菌不足」で、大幅に減点。
味も特徴的なので、ミルクの優しい風味、ではない。

当工房で使っている日本酒(元禄)と焼酎(武州伝説)


 筆者としては、その味が、「Typicité」なのだが、わかってもらえないようである。
フランスのAOCや、イタリアのDOPのチーズは、味に特徴があって、優しい味ではない。また、乳酸菌は、市販のものを使うことはできない。
「Typicité」を重要視しているのがよくわかる。

 それから、「Mariage」についてだが、これも日本の使い方に少し違和感がある。
今は、ペアリングと言っていることが多いが、「Mariage」には、結婚と同じように、1人が2人になって、喜びも大きくなるといったような意味合いがある。
だから、チーズを食べて、ワインを飲むとおいしさが倍増するのが「Mariage」だと、筆者は思う。

 当工房のブリックが良い例である。
このチーズ、焼酎ウォッシュのくせに、赤ワインとの相性が抜群に良い。
安いカベルネソーヴィニョンが、美味しくなってしまう。
これは、私だけでなく、知り合いのフランス人も感じたそうだ。

La Brique ウォッシュタイプ

 日本酒とチーズは相性が良いのだが、外国のチーズだと、相性が限られる。
と言うのは、筆者がまだチーズショップにいた頃、日本酒を買ってはチーズと合わせていた。
一度、賀茂鶴の樽酒が手に入ったので、合わせるチーズとして、3種類ほど買って帰ったことがある。

 確か、日本酒に合うという、ミモレット18ヶ月、ブルー・デ・コース、もう一つは忘れた。
結論から言うと、樽酒と対等に勝負できたのは、ブルー・デ ・コースだけ。
あとの2種類は、樽酒の風味に負けて、味がなくなる。
ブルー・デ・コースは樽酒とマッチして、美味しさが膨らんでいた。

 亡くなった俳優の藤村俊二さんが、「オヒョイズ」と言うワインバーを経営していたことがある。その時に彼が、
「ワインを一口飲んで、パンを一口。ワインを一口飲んで、チーズをひとかけら。それを楽しんで欲しい。」と言うようなことをおっしゃっていたのが印象的である。
それこそ、「Mariage」では?

 そんなふうに、日本酒と国産チーズを楽しめたら良いと思うのだが、如何せん、日本のチーズは、風味が優し過ぎて単品で食べるなら良いが、飲み物と合わせると味がなくなるものが多い。と書くと怒られそうだが、実際に筆者がチーズと日本酒のペアリングというのに出席して試してみても、チーズはチーズ、お酒はお酒、と言う味わいが多かった。

 日本のチーズと日本酒が合わさって、より美味しい味を作り出すのを感じたことがない。
当工房のフロマージュ・ドーメは、当然、手入れをしている「元禄」とは相性が良い。美味しさも増す。しかし、他の日本酒とはどうだろう?
ブリックは、カベルネソーヴィニョンならなんでも良いようだが。

 「Mariage」を実感するためには、ワインを一口飲んで(日本酒でも)、チーズを一口食べる。味がより美味しくなっていれば、「Mariage」。ワインはワイン、チーズはチーズの味がするなら、「Mariage」ではないと思うのだ。

 「Mariage」も「Typicité」もフランスのもの。日本人が真似をする必要はないと思う方も多いと思うが、これも一つの食の楽しみ方。試してみてはいかがかな?

さて、次回は凝乳酵素といきましょうか。

2021年4月14日水曜日

乳酸菌こぼれ話「ルコノストックの反乱」

 昨年、チーズ生産者の方とお話ししていたら、酵母の話が出た。海外研修をして、酵母が大事だと聞いてきたようである。筆者がなんの酵母を添加しているか、知りたかったようだが、こちらは何も入れていない。
当工房は、自前の乳酸菌を使っていて、Penicillium Camemberti以外、何も添加しない。(ちなみにリネンス菌も入れていない)
それが、筆者のスタンスである。

プチ・トーメの表面に生えたGéo(酵母)

 よく、味噌、醤油、酒蔵などで、蔵付き酵母、とか、蔵付き乳酸菌などというが、チーズ工房でも同じである。筆者の工房は、最初からGéoがきた。そして、乳酸菌の優位菌は、なぜかLeuconostocらしい。筆者のお気に入りだからなのだろうか。

 日本酒の杜氏さんに聞いた話なのだが、人の手と口の中の微生物も日本酒の風味に影響するとのことだ。ということは、筆者にくっついている微生物も当工房のチーズの特徴を表すということですかな?子供の頃から、チーズ大好きだもんね。

 ただ、それが何かは分からない。

 日本の生産者さんは、「何が入っているのか分からないのは使えない」という。
しかし、長い歴史を持つヨーロッパの生産者さんは、そんなことは言わない。言うのは、工場の責任者くらいのものだろう。だって、中に何が入っているのか分からなくても、伝統的な作り方をすれば、ちゃんとチーズができるのだから。

 だが、この自然に任せている乳酸菌作りも、なかなか大変なのである。

 当工房も、乳酸菌作りでは、色々苦労してきた。
今回は、その中で、ヘテロ発酵の乳酸菌が色々と悶着を起こしたことを書こう。

 ルコノストック(Leuconostoc)という、ヘテロ発酵の中温菌が居る。
球菌である。

ルコノストック
https://morethanadodo.com/2019/05/03/bacteria-that-changed-the-world-leuconostoc/

 この乳酸菌は、グルコースを乳酸、CO2、エタノールに分解するヘテロ発酵タイプで、芳香を作り出すため、フレッシュタイプのチーズに多く使われる。
だから、筆者はこの乳酸菌が来てくれるのを歓迎しているのだ。

 実際、ラクティック・ドミノンのチーズを作っていると、乳酸発酵の時、すごくいい匂いがする。この匂いがすると、発酵がうまくいっているという証拠。
酸度とpHを測ると、大体、凝乳酵素を入れるのに良いタイミングである。

 良い乳酸菌でないと、この芳香がない。
酸度も上がらないし、pHも落ちない。
Leuconostocだけではないと思うが、芳香を作る乳酸菌は、確かに当工房には住み着いていると思う。

 ただ、このLeuconostoc君、色々と面倒なことを起こすのだ。
では、このLeuconostoc君、どんな乳酸菌で、どんな面倒を引き起こすのだろう?

 まず、名前の由来だが、Nostocは、粘液性の藍藻、Leucoは、「白」という意味だそうである。1878年にVan THIEGHEMという人によって定義されたそうだ。

 どこにいるかといえば、青草や、乾いた飼料、牧場のゴミの中など。それが、牛の乳房にくっついて、搾乳の時に乳中に紛れ込むのである。Milles Trous(ミル トロ)という、カイエに丸い穴がボコボコ開くような欠陥は、こいつのCO2の生産のせいである。

LeuconostocのCO2のせいで、穴がボコボコあいたカイエ

 当工房でも、3月くらいにこのような現象が起こることが多い。青草の時期とあっているので、Leuconostocが青草にいるというのは正しいと思う。当工房の原乳には、放牧乳も混じっているからだ。

 穴がボコボコ開くと、カイエが上に浮いて、ホエーは下にたまる。だから上の部分は乾燥していることが多い。このカイエを型入れすると、チーズに亀裂ができることがあるが、熟成がさほど長くないので問題はほとんどない。

 ただ、ちょっと気持ち悪い。鬼太郎に出てくる、千の目の妖怪みたいで・・・

 また、よく知られている特性として、デキストラン(ブドウ糖のポリマー)を作るのだが、このデキストランは、糸を引くような粘性を持っている。

 筆者が乳酸菌を作るときは、届いた生乳をヨーグルトメーカーで培養するか、室温に置くかするのだが、たまに糸を引くことがある。汚染されたのかと思って、器具を念入りに洗っても糸をひく。乳酸菌が粘性をもつだけならよかったのだが、あるとき、ホエーまで粘性をもつようになってしまったのだ。

 当時は、乳酸菌を培養して種継ぎをしてフレッシュなまま使っていた。乳酸菌は何ともなくても、ホエーが糸を引く。これには参った。
なぜなら、筆者の工房のメイン商品は、ラクティック・ドミノン製法。型入れして脱水をする方法なのに、水切れが悪い、というより、ほとんどホエーが抜けない。

 一日経っても、型入れしたときの2/3くらいの量が残る(うまくいくときは、翌日は型の1/3くらいになる)。量が多くて、柔らかすぎて、反転もできない。カイエの味はいい。穴もあいていない。汚染ではないことはわかっていたが、どうにも水分が抜けない。どうにもならなくて、廃棄した時もある。

 困るのは、毎回ではないということ。何回かに一回、粘性のホエーになるのだ。
ラクティック・ドミノン製法だと、カイエの上方にホエーが浮く。そのホエーをできるだけ取って、カイエを切って型入れしてもまだ水切れが悪い。

 業を煮やして、乳酸菌作りをやめて、ホエーを乳酸菌代わりに使ってみたところ、一定期間は調子が良かったが、だんだん力が落ちるのか、1ヶ月ほどで乳酸発酵がうまくいかなくなった。今考えると、ファージが出たのかもしれない。その間、いろいろ考え、いろいろ試したところ、種継ぎのフレッシュを使わずに、冷凍しておくとうまくいくことがわかった。

 それからは、乳酸菌ができたら冷凍保存をすることにしている。

 今でも、乳酸菌は糸を引くことがあるが、ホエーは糸を引かない。少し粘性がある時もあるが、ちゃんと水が切れる。他の生産者さんに、ホエーが糸を引くことがあると聞いたことがあって、市販の乳酸菌でもあるのかと不思議に思った。おそらく、製造時の条件でそういう現象が起きたのだろう。

 乳酸菌を自家培養して6年半経つが、やっと落ち着いてきたのかもしれない。
私以外の人が工房で働くと、何かが起こるのだが、とりあえずこの時のように深刻ではない。
乳酸菌がざわめいているというか、優位争いをしているのだろう。
お酒も杜氏が変わるとお酒の味が変わるという。
チーズも作り手が変わると味が変わるようである。

フロマージュ・ドーメ 2021年


 今年もすでに4月である。
時の過ぎるのが早い。矢のように時間が過ぎていく。
なかなかこのブログを書き続けていくのも大変だが、ちゃんと続けていくつもりである。
(こればっかり言っているような気がするが・・・)

次回は、乳酸菌から少し離れて、「Mariage(マリアージュ) と Typicité(ティピシテ)」にする予定である。チーズと食べ物、飲み物の相性とそれぞれのチーズのもつ特徴を考えてみるつもりである。