2014年9月28日日曜日

チーズの製造方法:基本編 乳中のミネラルとカゼインミセルの関係

前回は、カゼインミセルの話だったが、カゼインミセルとミネラルは、密接な関係にある。
前々回の、乳成分のところで、ミネラルのところに、「構造に組み込まれたもの」、「構造に組み込まれないもの」と書いたが、構造に組み込まれる物は、Ca、P、Mgである。

Ca(カルシウム)、P(リン)、Mg(マグネシウム)は、カゼインミセルを形成するのに、重要な役割を果たす。
特に、CaとPは、リン酸カルシウムとなり、カゼインを繋ぎ、立体的構造を作る「橋」の役割を果たす。

Ca、P、Mgは、それぞれイオンの状態になって水層にも存在するが、特徴的なのは、「コロイド状リン酸カルシウム」となって、カゼインミセル形成に関与している事である。
そして、チーズを作る時には、この「コロイド状リン酸カルシウム」が、重要なのである。

図-1:酸性ジェルの形成

上の図-1を見ていただこう。
酸性ジェルの形成の様子を現した図である。

pH6,6からpH5,4までは、ミセルは均等に水層中にあり、安定しているが、pHが下がるにつれて、少しずつコロイド状リン酸カルシウムが溶けて、カルシウムがカルシウムイオンとなり、水層に溶け出していく。
また、カゼインが溶解していくので、ミセル同士の反発力も低下し、次第に近寄っていくと考えられる。

しかし、ここまでは、ある程度可逆性があり、元の状態に完全に戻るわけではないが、ミセルの再構築がおこる。

pH5,4〜5,2は、ミセルが徐々に分解して、球形を保てなくなっていく段階。
pH5,2〜5,0は、ミセルの不均一化がおこる。
そして、ミセルはほぐれ、反発力を失って、堆積していくのである。

pH5,0以下は、既に酸性のジェル状態になっている。
すなわち、ヨーグルト。
この状態では、カゼインミセルは崩壊して堆積しているだけで、網目構造は無い。
水気を絞ってしまうと、ぼそぼそした食感のもろい生地が出来る。

このタイプは、東洋型のチーズと言われる物で、丸めて天日干しして保存食にする。

次の図は、「酵素凝固ジェル」。

図-2:酵素凝固ジェル

図-2を見ていただきたい。

まず、カゼインミセルにキモシンが作用すると、加水分解がおこり、CMPがミセルを離れて水層に取り込まれる。

毛状のCMPが離れる事によって、帯電がなくなり、ミセルは互いに近寄って、凝集する。
そして、カルシウムをジョイントとして、網目状の組織を作るのである。

このように、酸性のジェルと酵素凝固性ジェルは、かなり成り立ちも状態も違う。
しかし、チーズは、乳酸菌によって、pH調整をし、凝乳酵素を使う事でカイエを作っているわけだから、両方が絡み合って、複雑な組織を作っている事になる。

また、カルシウムとリンが組織を作る上で重要な役割を果たすのだが、pHだけでなく、温度も重要な要素である。
実は、温度を上げると、カルシウムがコロイドから溶け出してしまうのだ。
だから、殺菌乳でチーズを作る場合、CaCl2を加えて、Caを補充するのである。

筆者がチーズ種を作るために、絞り立ての牛乳を分けてもらった時に、少し多めだったので、無殺菌乳のチーズを作ってみた事がある。
全然違う。
よく固まりますな。

市販の殺菌乳は、時間が経っている上に(多分3日くらい)、温度管理が怪しいので、いつも柔らかすぎるカイエになる。
しかも、ホモジナイズドされているから、歩留まりはいいが、やわやわのカイエで乳清の抜けが悪い。
でも、絞り立ての牛乳で作ると、固いカイエになって、乳清の抜けもよい。

フランスの農家で作っている時は、状態の良い原乳を使っているわけだから、うまくできるよな〜、などと、少しいじけていたが、ようやくよい原乳が手に入りそうである。
10月6日と思っていたが、届かない資材があるので、10日に開業予定。

明日、キューヴが届く。
楽しみである。

2014年9月17日水曜日

チーズの製造方法:基本編 ミセル・ド・カゼイン(la micelle de caséine)

前回、カゼインには、4種類ある事を説明した。
では、カゼインは、どのように、乳中に存在しているのだろうか?

カゼインは、ミセル・ド・カゼイン(英語だとカゼインミセル)という塊の状態で、乳中に浮かんでいるとされている。
カゼインは、乳中の蛋白質の中で、チーズ製造に関わる最重要成分であるが、いまだにその構造がよく解っていない、へんてこな物質でもある。

カゼインの構造は、サブミセルからなっているという説が有力のようだが、電子顕微鏡の写真では、よく判らない。

カゼインミセルの電子顕微鏡写真。
(Dalgleish, D.G., P.Spagnuolo and H.D.Goff. 2004)

いくつかのカゼインミセルのモデルを見つけたので、載せておこう。

図-1:サブミセルがはっきりしたモデルともやもやしたモデルがある。

筆者の持っている資料では、図-2のモデルが載っているのだが、フランスで習ったのは、図-3のモデルである。
そのモデルにそって、カゼインミセルとは何ぞや、と考えてみよう。

図-2:フランス語の下に、日本語を入れておいた。リン酸カルシウムでミセルがつながっている。


図-3:筆者が習ったのは、このモデル。(Holt et Al 2003)

上のモデルが、Holt et Alの考えたカゼインミセルのモデルである。
もやもやしているのは、蛋白質の連なり。
そして、真ん中の部分がα-カゼイン、その外側がβ-カゼイン、一番外側がκ-カゼインであり、ひげ根のような蛋白質を生やしている。

ここでは、一番特徴のあるκ-カゼインを説明しよう。

κ-カゼインは、1〜169まで番号をつけたアミノ酸のつながりだが、主に二つの部分からできている。
1〜105までのアミノ酸のつながり部分と、106〜169のアミノ酸のつながり部分である。
この二つの部分がどのように違うかと言うと、106〜169までは、糖を含んで親水性だが、1〜105までは、疎水性なのだ。

ちなみに、α-カゼインもβ-カゼインも疎水性である。
だから、「疎水性と親水性の部分を持っている」事が、κ-カゼインの大きな特徴なのだ。

カゼインミセルがなぜ乳中に浮かんでいるかと言うと、一番外側に位置するκ-カゼインの親水性部分、ミセルの帯電、κ-カゼインの特殊な構造(毛状の蛋白質)のせいである。

ミセルは、-18mVに帯電しているので、その反発力によってくっつくのを免れている。
また、κ-カゼインの105〜169部分は親水性であるが、ミセルの真ん中にあるα-カゼイン、β-カゼインとκ-カゼインの1〜105の部分は、前述の通り、疎水性。

すなわち、疎水性の中心部を親水性の部分が包み込んで水に親和し、帯電してくっつくのを防ぎ、ひげ根のようなものを生やしているせいで、プカプカ(?)浮かんでいる、というわけである。

そうやって浮かんでいるカゼインミセルの大事な毛状の部分を切ってしまうのが、キモシン(la chymosine)。

キモシンがκ-カゼインの105のフェニルアラニン(Phenylalanine)と106のメチオニン(Méthionine)の間を切断すると、1〜105は、パラカゼインκになって、他のカゼインに取り込まれ、106〜169の部分はカゼイノマクロペプチド(le caséinomacropeptide:図-2のCMP)となって、水中に放出される。

帯電が喪失すると反発力がなくなる。
疎水性の部分がむき出しになると、水を避けて、寄り集まる。
だから、ミセル同士の結着がおこる。
また、ひげ根がなくなるせいで、浮いていられなくなる。
だから、カイエを形成するのである。

筆者の恩師は、キモシンじゃなくても、105-106の間は切れる、と言っていた。
切れりゃいいってモンじゃない、とも言ってましたな。
また、カゼインの構造を考える時、重要なのはミネラルである。
図-2にある、リン酸カルシウムが、ミセルの構造にとって、大事な役割を果たす。

次回は、ミネラルの話にしましょうか。

2014年9月10日水曜日

チーズの製造方法:基本編 乳中の蛋白質

アーカイブで、以前、乳成分について触れたが、改めて、乳成分についてお話ししよう。
まず、乳中には、なにがあるか?
下の図-1を見てもらうとわかるように、
  • 水分
  • 脂肪
  • 糖分(乳糖)
  • 窒素化合物
  • ミネラル分
である。

図1:乳成分(g/Kg)

今回の主題である、蛋白質は、窒素化合物の中に入る。
え?蛋白質だけじゃないの、とおっしゃる方もいるだろうが、動物の分泌物である。
そんなに単純じゃないのだ。

窒素化合物には、蛋白質と、非蛋白質がある。
窒素化合物非蛋白質の大部分は、尿素。
そのほか、アミノ酸(アミノ酸は、蛋白質ではない)、ペプチド(ペプチドも、蛋白質ではない)、クレアチニン、アンモニアなどがある。

フランスの学校では、このMAPを計測して、実習時の数値としていた。
今のところ、資料が無いので、どの程度、チーズに関与しているのかは、わからない。
老廃物と見なす事もあるようだ。
しかし、乳中には、カゼインだけでなく、色々な窒素化合物がある事を知ってほしい。

次に、チーズ作りに重要な、カゼインである。

カゼインには、
  • カゼインαS(αS-1とαS-2がある)
  • カゼインβ
  • カゼインκ
  • カゼインγ
の4種類がある。
このうち、カゼインγは、カゼインβの分解物なので、あまり気にしなくていいが、他の3種類は、チーズにとって、重要である。

まず、カゼインαS(アルファ エス)。

下の表-1を見てもらうとわかるように、牛乳では、カゼイン合計のうち、46%を占めている。羊乳も多く、47%。しかし、表-2を見てもらうとわかるように、山羊乳は、27%にすぎない。
表-1:動物の種類別による乳中蛋白質の内訳(下記のリンク中の表を日本語にしたもの)
http://www.fouillez-tout.com/bergerie/bergerie_analyse_lait.html

表-2:牛乳、山羊乳、羊乳中の蛋白質の内訳と、カゼインミセルの大きさ
(参照:「Le fromage:第3版」P35 Tableau 8 Caractéristiques micellaires comparées des laits de vache, de chèvre et de brebis.より抜粋)

これが何を意味するのかと言うと、山羊乳では、大きいチーズが作れないという事である。

なぜかと言うと、チーズの骨格である、「網目構造」を作るのは、カゼインαSだからである。そのカゼインαSが少ないのだから、しっかりした骨格が出来ないのだ。
だから、山羊乳では、PPCはほぼ無理である。
混乳なら、可能だが。

羊乳だと、PPCの製造は可能だが、脂肪分が邪魔をするので、長期熟成には向かない。
牛乳でも、長期熟成するコンテ(le comté)やパルミジャーノ・レッジャーノ(il parmigiano reggiano)は、エクレメ(écrémé:脱脂)して、脂肪分を減らしている。

次に、カゼインβ(ベータ)である。

αSが骨格を作るのなら、βは何をするのかと言うと、香味(la flaveur)を作る。
だから、βの多い山羊乳は、必然的に風味が強くなる。
山羊乳の場合、脂肪の分解物等も独特の匂い形成に関係するが、それは、脂肪分のところで説明しよう。

筆者が表-1で面白いと思ったのは、水牛乳である。
脂肪分が多いのは知っていたが、カゼインβが多いのは知らなかった。
という事は、水牛乳で、PPCを作るのは、難しいという事になる。

また、モッツァレラ。
水牛乳のモッツァレラは、牛乳のモッツァレラには無い、独特の柔らかさがある。
これは、カゼインβのせいではないかと推測する。
カイエの骨格が、きちんと出来ないのではないだろうか。
脂肪分だけの問題なら、ジャージー乳でも、同じ食感のものが出来るはずだ。

厳密に言うと、牛は牛属、水牛はアジア水牛属になり、乳成分の比率が違っていても、不思議は無い。

お次ぎは、カゼインκ(カッパ)。

このカゼインは、有名である。
何しろ、凝乳酵素によって、劇的な変化をし、カイエを作るのに、重要な役目をするからである。
κは、面白い事に、山羊乳に多い。

と、ここまで書いてきて、気がついた。
カゼインの構造を説明した方がいい。
ただ、カゼインの構造は、まだ完全に明らかになっているわけではないので、わかる範囲内で書いていこうと思う。

カイエがどのように出来ていくのかも、説明したいので、次回に書く事にしよう。

2014年9月4日木曜日

チーズ製造方法:基本編 乳成分

フランス時代、伝統的チーズ製造の講座にいたころ、"nouveau fromage"という題材のレポートを書いた事がある。
筆者は、全く新しい、今まで無かったようなチーズを作るというレポートを書くのだと思ったが、チームメートは、違った。

「新しいチーズ」という意味は、その工房で、どんなチーズを新しい商品として開発するかという事だったのだ。
筆者のチームメートは、まず、その工房でのキャパシテ、すなわち許容量を考えた。
どうして新しいチーズが必要になったのか、から始まるのである。

筆者の試作品。塩付けの後。ホモ牛乳なので、真っ白できれい!
このチーズは、赤くなるのが遅いのに、柔らかくなるのが早かったので、
筆者と家族のおなかの中へ・・・ワインがすすむ・・・

乳量が増える、作っているものの販売が芳しくない、など、色々な理由を考えて、どんなチーズを商品として加えたらいいのかというところから始まり、原乳の量から、どの程度の大きさのチーズが作れるか、また、個数は?と考えていく。
もちろん、工房の規模、新しい設備投資がどのくらいできるのか、でも変わってくる。

すごく面白い題材だった。

今、このレポートが役に立っている。
どのようなチーズを、どうして、どのような規模で、何を利用して作っていくのか。
筆者の工房に役立つような、課題だった。
そして、その時に考えたように、チーズを作っていこうと考えている。

筆者はどちらかと言うと、山羊専門で、山羊乳の事には詳しい。
何しろ、レポートを書く時、いやというほど調べたからだ。
しかし、いま、日本で作ろうとしているのは、牛乳のチーズだ。
基本は知っているけれど、使いこなすには、これから調べなきゃなるまいと、いろいろ調べてみた。

そこで、「乳成分」である。
まず始めに、チーズが出来る乳か、出来ない乳か、から参ろう。

乳は、大きく二つに分けられる。
Lait albumineux(レ・アルブミノー)とlait caséineux(レ・カゼイノー)である。

以下の表は、参考程度にしていただきたい。
何故なら、牛、山羊、羊の乳の成分比率は、地域や品種によって、変わるからである。

1リットルあたりの乳成分。下記のサイトの表を日本語訳したもの。
http://www.ledomainedetamara.fr/?page_id=133

この表を見てみると、人、馬科の動物は、蛋白質自体が少なく、炭水化物、すなわち、乳糖が多い。これは、脳との関係だろう。
反芻動物と、その他の動物を比べてみると、蛋白質の合計は、トナカイを除けば、その他の動物の方が多い(豚を除く)。
しかし、その他の動物では、カゼインも多いが、アルブミンも多い。

比率から見ると、反芻動物は、カゼイン/蛋白質合計が、78%以上だが、その他の動物は、ウサギを除いて50%以下である。
乳蛋白中、カゼインの比率の多い乳をカゼイノー、カゼインとアルブミンの分量が近いものをアルブミノーと言うのである。

アルブミノーの乳は、アルブミンがカゼインの周りに位置するので、もやっとしたコロイド状にはなるが、固まる事が出来ない。
だから、チーズにはならないのである。
ウサギは面白い事にカゼイノーなのだが、乳量の問題で、チーズ作りには向かない。
巨大なウサギでもいれば、可能だが・・・

また、人乳はアルブミノーなので、幼児は牛乳をうまく消化できないそうだ。
カゼインを消化するのがへたくそなのだろう。
筆者は、子供の頃から牛乳でおなかをこわした事が無いので、よく解らないが・・・

乳のpHは、「Initiation à la technologie fromagère」によると、6,6〜6,8となっている。
これは、カゼイノーのpHであるが、アルブミノーの乳のpHは、もっと高く、中性に近いという事だ。
ただ、pHが低いカゼイノー乳は、チーズを作る時に厄介だ。
pH6,6だと、作れるチーズが限定される。特に、殺菌乳の場合は。
この事は、いずれ、製造について書く時に、書こうと思う。

資料には載っていないが、モンゴルなどでは、ヤクの乳を使って、チーズを作っているそうだから、他の反芻動物でもチーズ製造は、可能だろう。
ただ、トナカイなど、北の方にいる動物の乳は、脂肪分が多いので、チーズを作るのは少し難しくなりそうだ。
あらかじめ、エクレメ(écrémé:脱脂)をしなければ、脱水がうまくいかないだろう。

また、ラクダ乳を使って、工場でチーズを作る試みがあると聞いたが、蛋白質を加えないと難しいとも聞いた。
ラクダ乳の資料が無いので、カゼイノーかアルブミノーかわからないが、固まりにくいらしいので、アルブミノーだろうと推測する。

乳が出れば、何でもチーズになるのではなく、分析すると、こんな風なのである。
羊、山羊が家畜化されたのが、紀元前8000年ごろ、牛は、紀元前6000年頃。
先人たちの知恵の結晶とも言える、食品だ。

次回は、乳成分を細かく見ていこう。
まず始めは、乳蛋白から。