2024年3月9日土曜日

ミクロフィルターの新鮮な牛乳(Le lait microfiltré)

2023年は、1回もブログが書けなかった。2024年もすでに3月。書きたいことはいっぱいあるので、なんとか続けていこうと思っている。大丈夫かしらん・・・

毎年、6月いっぱいまで、チーズ塾をしている。2023年は、残念ながら、ブログを書く時間が取れなかった。9月あたりからまた忙しくなったりするので、また書く時間がない(コンテストとか、催事とか・・・)。そんなこんなで、製造より、よもやま話が多くなってきている。

今回の話は、チーズ塾の「新しい技術」で取り上げた、フィルトラシオンのうちの、La microfiltrationである。

La filtrationは、いくつか種類があるのだが、そのうちの一つが、このLa microfiltrationである。チーズに使うのは、L'ultrafiltrationだが、どう違うのかというと、管に開けた穴の大きさである。L'ultrafiltrationは、0,1〜0,001mμの間だが、La microfiltration は、1〜0,1mμである。穴が大きいのである。

穴が大きいとどうなるか。

乳成分には、タンパク質、脂肪、乳糖、その他、ミネラルやビタミンなどがある。La microfiltration では、脂肪球、コロイド状タンパク質(カゼインですな)、微生物などの分子の大きいものと、水分に溶けている物質を分離することができる。

ミクロフィルターのおいしい牛乳を作るには、まず、生乳からクリームを取り除く。クリームは、熱殺菌しておく。クリームを取った脱脂乳をミクロフィルターにかけて、望ましくない微生物を取り除く。大腸菌などの微生物は大きいので、ここで取り除くことができるのである。

そして、この綺麗になった生乳を、殺菌したクリームと混ぜ合わせて、おいしい牛乳の出来上がり。賞味期限は、15日だそうだ。


             
      https://www.papillesetpupilles.fr/2012/05/lait-micro-filtre.html/

これは、Auchanという、スーパーのオリジナルブランドのようである。筆者がフランス在住だった時とは、だいぶ様相が違うようである・・・

筆者は、この類の牛乳をフランスで買っていた。要冷蔵で、やや高めだが、いい味でしたな。フランス人は、ほとんど牛乳を飲まない。朝食時に、シリアルにかけたり、ショコラ(ココアですね)やコーヒーに入れたりはするが、そのまま飲むことは少ない。そして、その牛乳は、ロングライフで、しかも半脱脂乳。そのまま飲むと美味しくないのだが、こういう使い方なら、そこそこの味である。

筆者は、ロングライフの牛乳は好きではないので、この牛乳を買っていたのである。

この牛乳の大きな特徴は、熱処理をしていないこと。え?、クリームは熱殺菌しているじゃないか、と思われる方もいると思うが、ちょっと違うのである。生乳全体に熱をかけて殺菌すると、水溶性タンパク質が変性する。低温殺菌の63℃ 30分でも変質はしている。超高温殺菌(120℃ 2秒など)では、水溶性タンパク質は、完全に変質して、粘度を増す。だから、粘っこい口当たりになる。

また、匂いも変わる。所謂「コゲ臭」というやつがこれだ。今では、口当たりやコゲ臭を取り除く技術があるそうで、以前よりは気にならないのだが、やはり超高温殺菌牛乳は美味しいとは言えない。←個人的な意見である。

生乳を飲んだことのある人は、少ないと思う。しかし、これは美味しい。さっぱりしていて、匂いも強くない。筆者は、チーズを作るときに運ばれてくる生乳は、必ず味見をする。今日は、脂肪分が高そうだ、とか、美味しい!とか、今日は、あんまり美味しくないな、などと思いながら。

基本的に、生乳の中には大腸菌もいる。衛生状態によっては、変な微生物もいる。しかし、フランスでは、無殺菌乳を自然食品の店で販売している。

フランスの牛乳は、瓶の蓋の色で見分けることができるのだよ。要冷蔵の牛乳のみだが。

まず、赤。これは、全乳。

     https://www.papillesetpupilles.fr/2012/05/lait-micro-filtre.html/


青は、半脱脂乳。

https://www.papillesetpupilles.fr/2012/05/lait-micro-filtre.html/


そして、黄色が無殺菌乳なのである。

 https://www.carrefour.fr/p/lait-cru-ferme-des-noes-rabache-3351795163041

ミクロフィルターのおいしい牛乳」の瓶の蓋は、赤でしたな。

日本で超高温殺菌乳が主流なのは、時間短縮のためと聞いたことがある。63℃ 30分なんて、悠長なことをせず、短い時間で有効な殺菌をする、ということなのだろう。今流行りの「タイパ」ですな。しかし、味は全く違う。牛乳嫌いの大人も子供も、匂いと味が嫌いだという。低温殺菌の牛乳と超高温殺菌の牛乳を飲み比べる機会でもあれば、その味の差もわかるし、牛乳好きも増えると思うのだが。

どこか大手の牛乳メーカーが、ミクロフィルターのおいしい牛乳を作ってくれないかな。筆者は、買いますぞ!

2022年8月13日土曜日

フランスのチーズとイタリアのチーズ

日本のチーズ生産者の方は、イタリアチーズが気に入っているようである。

筆者は、フランスでチーズの製法を学んだので、どちらかというと、フランス贔屓。
かといって、イタリアのチーズをけなしているわけではない。
イタリアにもいいチーズが沢山あるのはよくわかっているが、いくつかを除くと、どれも同じような味だな、と思っていた。

それが何故だか、イタリアチーズの講習を受けて、判明したのである。

北海道の酪恵舎の井ノ口氏が、イタリアのチーズとフランスのチーズの違いを書いている。
それは、以下のURLで見ていただきたい。

https://www.rakukeisya.jp/cheese_mamechishiki/italian_cheese/

彼の言っていることは、イタリアのチーズでは正しいのだろう。
しかし、筆者からしてみれば、フランスのチーズの多様性が書いていないことが残念である。

ヨーロッパのチーズは、基本的にエトルリア人がもたらしたものであるというのが定説である。エトルリア人は今のイタリア半島の先住民族であったらしい。そして、ローマが台頭してエトルリア人はローマに同化したが、チーズ製造の文化はローマに継承された。
その頃、フランスはまだ未開の土地で、ローマの属領となったマルセイユやリヨンなどが発達した。そして、ローマ人はチーズをフランスに持ち込んだようである。

エトルリア人の都市
https://kotobank.jp/word/エトルリア人-36976より

スペインはローマの属領になったため、チーズ文化があるが、「金髪の野蛮人」と称されたドイツには、ローマの文化が伝わらなかったため、チーズ文化がほとんどないのだろう。
「ダニチーズ」という文化は、かなり後になってできたものだろうと推測する。

ローマが衰退し、フランスでは、独自にチーズの文化ができたようだ。

イギリス人によれば、コンテはグリュイエールのコピー?だし、山のチーズが王道であるらしいが、フランスにおいては、山のチーズは冬の食料としての意味がある。平地のチーズは、人々の楽しみのためにあり、挙句は王侯貴族に愛されたというので、イギリス人は気に入らないらしい。

コンテの熟成庫 機械で手入れする

グリュイエールの熟成庫
https://www.gruyere.com/accueil

おそらくイタリアもフランスも、チーズの起源なんぞ、似たようなもんだと筆者は思う。
それが、フランス人気質とイタリア人気質で変わったのだと思う。
井ノ口氏が言っているように、イタリアのチーズは素朴なのだろう。
フランスは、王侯貴族が出現し、彼らの美食のために、美味しいチーズが献上されたということもあるだろう。イタリアは、国として統合したのがフランスより遅い。

フランスでは、統合することで、フランス語の強制やその他、いろいろな制約があったようだが・・・ともあれ、フランスとイタリアのチーズの製造の違いが面白いのである。

どこが違うかって?
フランスのチーズは、製造が面倒臭いのである。
イタリアのチーズは、よく言えばおおらか。悪く言えば、大雑把。

一番の違いは、凝乳酵素を入れるときのpHと、使用する乳酸菌である。

フランスでは、凝乳酵素を入れる時のpHがチーズの性格を決めると言っている。
例えば、ラクティック・ドミノンだと、pHは最低6,2くらい。それが、ミックスのカマンベールになると、6,4。PPNC(非加熱圧搾)では、6,6。PPC(加熱圧搾)では、6,7以上。pHの値で、チーズの性格が決まり、その後の工程を続けるか、修正するかを決める。ここをうまく調節しないと、カイエの性質が変わるからだ。

ところが、イタリアのチーズは、モッツァレッラ(ミックス)で6,4、PPNC(非加熱圧搾)で6,4、パルミジャーノ・レッジャーノ(加熱圧搾)で6,4。同じなのである。

又聞きだが、モッツァレッラの製造で、凝乳酵素を入れる時のpHはあまり関係ないと言っている方がいるそうだ。pHか、ストレッチテストで確認するかで、成形のタイミングを見ているようである。毎日作っているならそれも可能。だが、筆者のように、月に2回くらいしか作っていないと、データが大切になる。

それから、もう一つ大事なことは、イタリアのチーズでは、乳酸菌の中温菌を使わないということだ。理由は、扱いが難しいからだそうだ。フランスでは、ほとんどのチーズが中温菌を使用する。PPCでも中温菌は使うのである。

筆者が高温菌を培養するために見つけた資料では、自然のストレプトコックの培養は難しい上、中温菌を使うより、Typicité(特異性)がないと結論していた。フランス人は、チーズの個性を最も大切にする。
確かに、中温菌の扱いは難しいかもしれない。しかし、それを制御するのが、醍醐味なのではないか?
そして、中温菌と高温菌を使いこなしてこそ、チーズの多様性があるのではないかと思っている。

国によって、チーズの製造方法も変わる。
筆者はイタリアのチーズの製造は、よく知らなかった。
フランスと同じだろうと思っていたら、ずいぶん違うようである。
これで、筆者の疑問が一つ解けた。

筆者は、今まで、イタリアのチーズは、味にあまり差がないと思っていた。
パルミジャーノや、ゴルゴンゾーラなどは別格だが、特にPPNCのチーズに関しては、みんな同じような味だと思っていた。今回、製造を学んで、納得がいったのである。

フランスの製法が一番いいとは言わない。
イタリアは、その製法を選んだだけだから。
しかし、好みとしては、フランスチーズの方がいいですなー
料理に使うのではなく、チーズそのものの旨味を感じられる方が、筆者の好みである。

ま、人それぞれ。
自分がどのように感じるか。
どのように味わいたいか。
それが、一番大事かな。

2022年5月24日火曜日

牛乳再構築技術(reconstitué)

あっという間に、5月も半分を過ぎた。
いろいろあって、なかなかブログも更新できないのが悩みの種だ。
書きたいことは、いっぱいあるのだが、如何せん、時間と乗り気(こちらが重要だ)がないのが、なかなか更新しない理由である。

さて、チーズ塾では、「新しい技術」と言って、ウルトラフィルトラシオン(Ultrafiltration)とルコンスティテュエ(Reconsutitué)の講習をするのだが、Reconstituéに関して言えば、日本の食料販売に関して、問題があるのではないかと思って、ここでいろいろ書くことにする。

Reconstituéとは、アナログ・チーズのことである。
フランス語でアナログというと、「類似品」なのだ。
その名の通り、チーズのようで、チーズではない商品のことである。

先日、某スーパーで昼飯として惣菜を購入した。
パッケージに記載してあったのは、「チーズと大葉の鶏竜田揚げ」。
チーズも大葉も竜田揚げも好きなので、昼飯として購入した。

結果は、「なんじゃこりゃ!」←松田優作風に!

一口食べると、マーガリンの味がする。
筆者は、マーガリンが大嫌いなので、すぐにわかる。
また、チーズの味はしない。油っぽいだけ。

本物のチーズを使っていれば、問題ないはずだ。しかし、チーズ好きの人間にとって、「チーズとなんとか」と書いてあって、チーズの味がしなければ、詐欺である。
実際、この商品の原材料の表示には、「チーズ」のチの字もない。

チーズの文字が小さいのは、なんで?


他にもある。
以前、同じスーパーで、ピッツァを購入した。家族が食べたいというので。
確か、「クワトロフォルマッジのピザ」と書いてあったような気がする。
同様に、原材料にチーズの文字はない。不味い。家族もがっかりしていた。

このチーズもどきは、先ほど言った、「アナログチーズ」というやつである。
日本では、以前、「第三のチーズ」とか、「植物性油脂のチーズ」などと言っていた。
流石に、これはチーズではないので、現在は、「チーズ」という文字はパッケージにない。
その代わり、シュレッドチーズのようなパッケージで、「とろけるミックス」などと書いてある。以下のURLが「アナログチーズ」のサイト。

https://www.marinfood-onlineshop.com/SHOP/116118/list.html

そのパッケージの裏側の、原材料のところを見てみたまえ。
ナチュラルチーズの他に、いろいろ書いてある。なぜなら、この「チーズもどき」だけでは不味いので、本物のチーズも混ぜるからである。
本当のシュレッドチーズなら、「ナチュラルチーズ、セルロース」くらいの表示しかない。

では、この「チーズもどき」とは何か。
説明しようではないか。

筆者が。フランスの乳製品専門学校にいた時、工場製のチーズを作る講座にいたことがある。その時は、プロセスチーズの作り方や、モッツァレッラ(工場製のヤツね)などを勉強したのだが、その中に、「アナログチーズ」の作り方もあった。
アナログチーズは、フランスでもよく使われているらしい。
「アナログのピッツァチーズ」もあるから。

左上:本物のチーズ
右上:偽物50%、本物50%
下:偽物100%

一体どのようなものかというと、ざっくりいえば、脱脂粉乳に植物性油脂とデンプンを混ぜて、もう一度「乳もどき」を作り、それで「チーズもどき」を作るのである。
乳組成は、タンパク質、脂肪、糖分であるから、とりあえずそれらしいものは入っている。

ただ、脱脂粉乳にすると、カゼインは元の姿ではないので、加工しなければならない。また、脂肪分は、クリームとして取り出し、バターになっている。フランスでは、余剰な生乳を脱脂粉乳とバターで保存するのだが、バターは無くなっても脱脂粉乳が残るのである。

脱脂粉乳だけでは、「乳もどき」にはならない。バターにした脂肪分は値段が高い。
そこで注目したのが、「パーム油」。他にもいろいろな植物性油脂が使われているらしい。
そして、乳成分中で一番多い「糖分」は、澱粉で補う。
そのほか、味を補うため、化学調味料も入れる。

この「チーズもどき」の宣伝になるような話だが、検査をすると、原材料は自然のものであるという科学者もいる。しかし、自然の材料を使っていても、チーズではないのに、「チーズ」と表記することが問題なのである。

このチーズもどき、単体では不味い。
だから、本物のチーズと混ぜて使うのだ。
フランスの動画で、市販のピッツァを調べると、「4種類のチーズ」と書いてあっても、「3種類のチーズとチーズもどき」ということをバラしているものがある。

日本では、まだチーズが苦手な人もいるので、チーズらしくない「もどき」を好む人もいると思う。それはそれでいい。しかし、チーズを使っていないのに、商品名に「チーズとなんとか」とか、「4種類のチーズのピッツァ」と書くのは、詐欺である。

詳しいことは、講座に譲るとして、皆さんも「チーズとなんとか」と書いてある惣菜を見たら、裏の原材料を見て確認した方がいい。そんな惣菜に当たったら、チーズ好きなら、確実にがっかりするだろうから。

フランスでは、余剰の脱脂粉乳を使う手段として、こういう技術を使うようになったらしいが、開発したのはアメリカである。筆者は、自然が一番だと思っているので、このような、あまりにも経済観念だけが一人歩きするのは好きじゃない。こういうものがあっても構わないが、本物のチーズであるかのように誤魔化すのが嫌なのだ。

この「チーズもどき」は、値段が安い。確か、本物のモッツァレッラが15€/Kgなのに、この「チーズもどき」は、40セント/Kgなのである!
おそらく、日本でも、いろいろなところで使われているだろう。原材料を表示しなくていい商品なら、絶対に使っている。例えば、飲食店など。

https://www.francetvinfo.fr/economie/commerce/video-comment-reconnaitre-le-vrai-fromage-du-faux-fromage-analogue-ou-fromage-artificiel_947249.html

日本人は、食べ物にお金を使わないという話も聞いたことがあるが、そうとも思えない節がある。ちゃんとした食べ物を知らないだけなのかもしれないと思うのだ。
ファストフードが台頭した後に生まれた子供たちは、それが普通だと思う。
筆者のように、まだ冷蔵庫の普及が少なく、毎日ご飯を作る食材を買いに行っていた時代に子供だった人なら、わかるだろう。

ただ、悲しいことに、筆者の親世代は、便利なものがいいと思っているので、カップ麺などが大好きである。しかし、あれは健康には良くない。特にお年寄りには。塩分量が多いので、腎臓が悪くなったりするからだ。

食べ物は、大事である。
そして、表示はきちんとしないとね。

今回は、なんだか食べ物全体のことになってしまったようだが、チーズだけでなく、「食べ物」を考えようと思っている。
なかなか続きの製造総論が書けないのだが、ちょっと寄り道が多くなるかもしれない。
総論も面白いんだけど、能書きだからなー

とりあえず、今回はここまで。
次回は、いつになることやら・・・

2021年6月9日水曜日

チーズの製造方法:実践編 凝乳酵素

チーズを作る時に一番驚くのが、「液体(原乳)が固体(カイエ)になること」である。 
凝乳は、「状態」の変化。
それを行うのが、凝乳酵素である。

では、凝乳酵素とはなんだろう?

平たくいうと、ミセル・ド ・カゼインを加水分解する酵素のことである。ミセル・ド・カゼインの加水分解というのは、κカゼインのペプチド、105と106の間を切断するというもの。
それによって、ミセル・ド ・カゼインは、凝集することになる。
大きく分けて、以下の3種類あるのだが、それぞれについて説明をしていこう。
  1. 動物性凝乳酵素
  2. 植物性凝乳酵素
  3. 微生物系凝乳酵素
まず、1.の動物性凝乳酵素だが、フランスに定義がある。
以前にも載せたが、再度載せておこう。

Décret n° 69 – 475 du 14 mai 1969 - J.O. du 29 mai 1969 

Art. 1er. – L’article 24 du décret susvisé du 25 mars 1924 est remplacé par les dispositions suivantes :

«  La dénomination « présure » est réservée à l’extrait soit liquide ou pâteux, soit pulvérisé ou comprimé après dessiccation provenant de la macération des caillettes de jeunes bovidés tenus au régime du lait ».


Présureの定義は、子供の牛科の動物の第四胃を塩水につけたものから取り出したエキスを液状、またはペースト状にしたか、あるいは乾燥したのち、粉末状、または錠剤状にしたものである。」

http://www.laboratoires-abia.com/index.php/fr/la-presure-generalites/la-presure より)



ABIA社の凝乳酵素(Présure)


この動物性凝乳酵素は、フランス語ではPrésure(プレジュール)、英語ではRennet(レンネット)という。昔から使われている伝統的な凝乳酵素で、牛、山羊、羊ともにある。
現在では、ラクダのもあるそうだ。
ベジタリアンの台頭で、嫌われ者になりつつあるが、チーズを作る上では、一番良い凝乳酵素である。

なぜなら、自然の凝乳酵素で、長い年月使われてきたもの。
よくなければ、淘汰されたと思うが、いまだに我々は使用している。

また、この凝乳酵素は、Chymosine(キモシン)という酵素だけではなく、ペプシンという酵素も混ざっている。ペプシンは、人間の胃の中にもある、強酸性で働く酵素だ。
哺乳類の反芻動物の胃から取り出したものなので、当然のことだろう。

ペプシンも凝乳酵素として働くので、成獣のペプシンを凝乳酵素として使うこともできる。
ただし、フランスでは牛の成獣のペプシンのみ。他の国(イスラエルやアルジェリア)で使われている、豚や鶏のペプシンは使えない。

歴史を紐解いてみると、昔は、チーズの需要もさほど多くなかったが、第2時世界大戦後、チーズの需要が高まり、レンネットが不足し、代替え品を探すことに相成った。

ヨーロッパのいくつかの伝統的チーズは、2.の植物性凝乳酵素を使用している。
例えば、ポルトガルの羊乳チーズは、植物性の凝乳酵素を使ったものが多い。
下の写真は、ポルトガルのチーズ。

ただ、この植物性凝乳酵素はタンパク質の分解力が強く、苦味を作り出すことが多いので、あまり利用されなかったらしい。手に入れやすいので、便利なのだが、扱いが難しいとなると、使ってもらえないということになる。

Queijo Serra da Estrela(ケイジョ セーラ ダ エストレーラ)
https://www.queijaria-portuguesa.pt/product-page/serra-da-estrela-dop



種類はいくつかある。下の表は、植物と凝乳酵素の名前である。

植物性凝乳酵素

よく使われるのがアザミのおしべ。パイナップルもあると聞く。パパイヤの酵素、パパインは、蛋白質分解酵素としても有名ですな。
というわけで、植物性凝乳酵素は、伝統的に使っているチーズ以外には、普及しなかったのである。

そこで、科学の発達とともに出現したのが、3.の微生物系凝乳酵素。
これには以下の
  • カビ系
  • 遺伝子組み換え系
2種類がある。

まず、カビ系凝乳酵素。
これは、キモシンでもペプシンでもない。
カビが作り出す、乳を固まらせる酵素である。
以下のように3種類ある。
以前にも書いたが、また載せておこう。

  • Protéase de Mm:Mucor miehei(土中にいる高温菌のカビ)が作る酵素
  • Protéase de Mp:Mucor pusilus (土中にいる中温菌のカビ)が作る酵素
  • Protéase de Cp:Chryphonectria Parasitica 栗に寄生するカビ)が作る酵素
全て、Protéase(タンパク質分解酵素)という名がついている。この中で、よく使われているのは、Mucor miehei(ミエイイ)というカビの作り出す、MmとChryphonectria Parasitica(パラジチカ)が作り出すCpだそうである。

昔は、回収率で伝統的凝乳酵素にかなわなかったが、今ではかなり改良されたそうだ。日本にも北八王子に工場がある。名糖産業というところが作っているのだが、なかなか良さそう。国産の凝乳酵素が使いたいのなら、問い合わせてみるのもいいだろう。

名糖産業の凝乳酵素など
http://www.meito-sangyo.co.jp/safety/manufacture.html


さて、もう一方の遺伝子組み換え系。
色々な会社がこの凝乳酵素を作っている。
カビ系酵素に比べて回収率(歩留まり)が良いので、工場製のチーズにはよく使われる。

この凝乳酵素は、大腸菌やカビ、酵母などの遺伝子を組み替えて、キモシンを合成させるのである。だから、作っている会社は、遺伝子組み換えではないという。
確かに、キモシン自体は遺伝子組み換えではないが、それを作り出している微生物が遺伝子組み換えの産物なので、やはり、これは遺伝子組み換えなのである。

日本では、遺伝子組み換えというのは評判が良くないようで、大きな工場では、カビ系の凝乳酵素を使うことが多いと聞いている。
粉末になっていることが多いので、取り扱いや保存に便利だ。
小さい工房でよく使われているのがクリスチャンハンセンの「カイマックス」という遺伝子組み換え系の凝乳酵素。

CHY-MAX(カイマックス )
https://www.sarawagigroup.com.np/product/chy-max-rennet-powder/



安価で、歩留まりがよく、扱いやすい、とくれば、使う人も多いだろう。
でも、筆者は使わない。
Présureが良いのは、キモシンだけではなく、ペプシン、ペプチド、アミノ酸、Naclなどが入っていて、熟成の時に活躍するからなのだ。

例えば、キモシンは、凝乳時と熟成時に働く。
また、塩は脱水時と熟成時に働く。
そのほかのアミノ酸、ペプチドも熟成時に働くのである。

筆者のフランス時代の恩師は、105と106の間を切れば良いってもんじゃない、と力説していた。筆者も賛成。
ただ、現在は、単純な味の方が好まれる傾向にあるような気がする。
筆者のフロマージュ・ドーメは、複雑な味が特徴なのだが、食べたことない味、などと言われて、よくわからない味と表現されることが多い。

味覚は人によって違う。
複雑な味より、単純な味を好む人が増えているということか。
フランスでもその傾向があるらしい。
美食の国でもそうなのである。

伝統的凝乳酵素が複雑な味を出すのなら、微生物系の凝乳酵素はすっきりした、明快な味を出すということなのだろうと思う。
筆者は、古い人間なので、複雑な味の方がいい。

話は逸れるが、今の日本の食品には、必ずと言っていいほど添加物としての「アミノ酸」が入っている。「umami」の発見は良いことだと思うのだが、あまりにも日本の食品はアミノ酸まみれで、人間の味覚の形成には邪魔なような気がする。

筆者はアミノ酸の入っていない食べ物を食べたい。
なぜなら、インスタントラーメン、レトルト食品など、アミノ酸の添加が多い食品を食べると具合が悪くなるようになったからだ。

歳のせいで、拒絶反応が起きたのかもしれないと思っている。
というのは、人間の体に悪いものを処理する能力は、バケツのようなもので、悪いものがバケツから溢れると病気になりやすいという説がある。
バケツの大きさは、個人で違う。
大きい人もいれば、小さい人もいる。

大きい人は長生きできるが、小さい人はあまり長生きできないと。
これは、筆者が鍼灸師の学校に行っていたときの話だが、今現在、なるほど、と思うこともある。

おっと、凝乳酵素の話から大分逸れてしまった。

凝乳酵素として働く物質はいろいろあるが、どんな風に使いたいのか、どんなチーズを作りたいのかで選んでいくものだと思っている。

さて、次回はいよいよ製造に入る。
製造総論に入ることにしようか。

2021年4月19日月曜日

マリアージュ(Mariage)とティピシテ(Typicité)

「マリアージュ」は、結婚という意味のフランス語だが、食べ物と飲み物などの相性にも使われる言葉である。以前は使われることが多かったが、現在は、ペアリングという英語を使うことが多いようである。「ティピシテ」もワインやチーズなどによく使われる言葉で、特異な性質を表す時に使用される。日本ではあまり使われていないようだが。


ワインとチーズの盛り合わせ

今回、このテーマを選んだ理由は、フランスと日本の感覚の違いを考えてみたかったからだ。

 自然の乳酸菌種(ルヴァン=Levain)を作る資料を読んでいた時のことである。
こういう一説があって、日本とは違うな、と思った。

「多くの農家製のチーズの特異性を強化して、市販の乳酸菌の使用から解放されたいという願い」

 日本では、まだまだ乳酸菌は購入するものだと思っている向きが多い。市販の乳酸菌から解放されたいとは思っていないだろう。そして、「ミルクの優しい風味」、「食べやすさ」などを求める作り手も多いと感じる。消費者がそれを望んでいるから、ということなのだろうか。

 しかし、原乳にはこだわるのに、なぜ乳酸菌にはこだわらないのか、不思議だ。確かに前回書いたように、不安定で、うまくいかないことも多いのだが、「Typicité」にこだわろうとすると、市販の乳酸菌では物足りない。当工房で研修した後に自前の乳酸菌でチーズを作ろうとしたが、うまくいかない、という方もいた。乳酸菌がうまくいかないのだという。市販の乳酸菌を使用しているそうだが、残念だ。

 筆者にとって、「Typicité」というのは、土地の産物とのコラボ商品だけでなく、その土地の乳酸菌などの微生物を使用することなのである。実際、その土地の生産物とコラボしたチーズは多い。筆者のところも、青梅の酒造「小澤酒造」とコラボしたチーズが3種類ある。

 この頃増えているのを感じるのが、日本酒とのコラボ。
日本酒でウォッシュしたチーズを作る生産者が少しずつ増えているようなのだ。
ただ、日本酒は醸造酒なので、酵母が生きている。
日本酒の酵母は結構力が強いので、外国産のウォッシュのようなチーズを作るのは難しい。

 筆者の日本酒(生酛酒)を使ったチーズは、色が赤くならない。
日本酒の酵母が勝ってしまうようで、白っぽい酵母が表面に生える。
コンテストに出すと、「リネンス菌不足」で、大幅に減点。
味も特徴的なので、ミルクの優しい風味、ではない。

当工房で使っている日本酒(元禄)と焼酎(武州伝説)


 筆者としては、その味が、「Typicité」なのだが、わかってもらえないようである。
フランスのAOCや、イタリアのDOPのチーズは、味に特徴があって、優しい味ではない。また、乳酸菌は、市販のものを使うことはできない。
「Typicité」を重要視しているのがよくわかる。

 それから、「Mariage」についてだが、これも日本の使い方に少し違和感がある。
今は、ペアリングと言っていることが多いが、「Mariage」には、結婚と同じように、1人が2人になって、喜びも大きくなるといったような意味合いがある。
だから、チーズを食べて、ワインを飲むとおいしさが倍増するのが「Mariage」だと、筆者は思う。

 当工房のブリックが良い例である。
このチーズ、焼酎ウォッシュのくせに、赤ワインとの相性が抜群に良い。
安いカベルネソーヴィニョンが、美味しくなってしまう。
これは、私だけでなく、知り合いのフランス人も感じたそうだ。

La Brique ウォッシュタイプ

 日本酒とチーズは相性が良いのだが、外国のチーズだと、相性が限られる。
と言うのは、筆者がまだチーズショップにいた頃、日本酒を買ってはチーズと合わせていた。
一度、賀茂鶴の樽酒が手に入ったので、合わせるチーズとして、3種類ほど買って帰ったことがある。

 確か、日本酒に合うという、ミモレット18ヶ月、ブルー・デ・コース、もう一つは忘れた。
結論から言うと、樽酒と対等に勝負できたのは、ブルー・デ ・コースだけ。
あとの2種類は、樽酒の風味に負けて、味がなくなる。
ブルー・デ・コースは樽酒とマッチして、美味しさが膨らんでいた。

 亡くなった俳優の藤村俊二さんが、「オヒョイズ」と言うワインバーを経営していたことがある。その時に彼が、
「ワインを一口飲んで、パンを一口。ワインを一口飲んで、チーズをひとかけら。それを楽しんで欲しい。」と言うようなことをおっしゃっていたのが印象的である。
それこそ、「Mariage」では?

 そんなふうに、日本酒と国産チーズを楽しめたら良いと思うのだが、如何せん、日本のチーズは、風味が優し過ぎて単品で食べるなら良いが、飲み物と合わせると味がなくなるものが多い。と書くと怒られそうだが、実際に筆者がチーズと日本酒のペアリングというのに出席して試してみても、チーズはチーズ、お酒はお酒、と言う味わいが多かった。

 日本のチーズと日本酒が合わさって、より美味しい味を作り出すのを感じたことがない。
当工房のフロマージュ・ドーメは、当然、手入れをしている「元禄」とは相性が良い。美味しさも増す。しかし、他の日本酒とはどうだろう?
ブリックは、カベルネソーヴィニョンならなんでも良いようだが。

 「Mariage」を実感するためには、ワインを一口飲んで(日本酒でも)、チーズを一口食べる。味がより美味しくなっていれば、「Mariage」。ワインはワイン、チーズはチーズの味がするなら、「Mariage」ではないと思うのだ。

 「Mariage」も「Typicité」もフランスのもの。日本人が真似をする必要はないと思う方も多いと思うが、これも一つの食の楽しみ方。試してみてはいかがかな?

さて、次回は凝乳酵素といきましょうか。

2021年4月14日水曜日

乳酸菌こぼれ話「ルコノストックの反乱」

 昨年、チーズ生産者の方とお話ししていたら、酵母の話が出た。海外研修をして、酵母が大事だと聞いてきたようである。筆者がなんの酵母を添加しているか、知りたかったようだが、こちらは何も入れていない。
当工房は、自前の乳酸菌を使っていて、Penicillium Camemberti以外、何も添加しない。(ちなみにリネンス菌も入れていない)
それが、筆者のスタンスである。

プチ・トーメの表面に生えたGéo(酵母)

 よく、味噌、醤油、酒蔵などで、蔵付き酵母、とか、蔵付き乳酸菌などというが、チーズ工房でも同じである。筆者の工房は、最初からGéoがきた。そして、乳酸菌の優位菌は、なぜかLeuconostocらしい。筆者のお気に入りだからなのだろうか。

 日本酒の杜氏さんに聞いた話なのだが、人の手と口の中の微生物も日本酒の風味に影響するとのことだ。ということは、筆者にくっついている微生物も当工房のチーズの特徴を表すということですかな?子供の頃から、チーズ大好きだもんね。

 ただ、それが何かは分からない。

 日本の生産者さんは、「何が入っているのか分からないのは使えない」という。
しかし、長い歴史を持つヨーロッパの生産者さんは、そんなことは言わない。言うのは、工場の責任者くらいのものだろう。だって、中に何が入っているのか分からなくても、伝統的な作り方をすれば、ちゃんとチーズができるのだから。

 だが、この自然に任せている乳酸菌作りも、なかなか大変なのである。

 当工房も、乳酸菌作りでは、色々苦労してきた。
今回は、その中で、ヘテロ発酵の乳酸菌が色々と悶着を起こしたことを書こう。

 ルコノストック(Leuconostoc)という、ヘテロ発酵の中温菌が居る。
球菌である。

ルコノストック
https://morethanadodo.com/2019/05/03/bacteria-that-changed-the-world-leuconostoc/

 この乳酸菌は、グルコースを乳酸、CO2、エタノールに分解するヘテロ発酵タイプで、芳香を作り出すため、フレッシュタイプのチーズに多く使われる。
だから、筆者はこの乳酸菌が来てくれるのを歓迎しているのだ。

 実際、ラクティック・ドミノンのチーズを作っていると、乳酸発酵の時、すごくいい匂いがする。この匂いがすると、発酵がうまくいっているという証拠。
酸度とpHを測ると、大体、凝乳酵素を入れるのに良いタイミングである。

 良い乳酸菌でないと、この芳香がない。
酸度も上がらないし、pHも落ちない。
Leuconostocだけではないと思うが、芳香を作る乳酸菌は、確かに当工房には住み着いていると思う。

 ただ、このLeuconostoc君、色々と面倒なことを起こすのだ。
では、このLeuconostoc君、どんな乳酸菌で、どんな面倒を引き起こすのだろう?

 まず、名前の由来だが、Nostocは、粘液性の藍藻、Leucoは、「白」という意味だそうである。1878年にVan THIEGHEMという人によって定義されたそうだ。

 どこにいるかといえば、青草や、乾いた飼料、牧場のゴミの中など。それが、牛の乳房にくっついて、搾乳の時に乳中に紛れ込むのである。Milles Trous(ミル トロ)という、カイエに丸い穴がボコボコ開くような欠陥は、こいつのCO2の生産のせいである。

LeuconostocのCO2のせいで、穴がボコボコあいたカイエ

 当工房でも、3月くらいにこのような現象が起こることが多い。青草の時期とあっているので、Leuconostocが青草にいるというのは正しいと思う。当工房の原乳には、放牧乳も混じっているからだ。

 穴がボコボコ開くと、カイエが上に浮いて、ホエーは下にたまる。だから上の部分は乾燥していることが多い。このカイエを型入れすると、チーズに亀裂ができることがあるが、熟成がさほど長くないので問題はほとんどない。

 ただ、ちょっと気持ち悪い。鬼太郎に出てくる、千の目の妖怪みたいで・・・

 また、よく知られている特性として、デキストラン(ブドウ糖のポリマー)を作るのだが、このデキストランは、糸を引くような粘性を持っている。

 筆者が乳酸菌を作るときは、届いた生乳をヨーグルトメーカーで培養するか、室温に置くかするのだが、たまに糸を引くことがある。汚染されたのかと思って、器具を念入りに洗っても糸をひく。乳酸菌が粘性をもつだけならよかったのだが、あるとき、ホエーまで粘性をもつようになってしまったのだ。

 当時は、乳酸菌を培養して種継ぎをしてフレッシュなまま使っていた。乳酸菌は何ともなくても、ホエーが糸を引く。これには参った。
なぜなら、筆者の工房のメイン商品は、ラクティック・ドミノン製法。型入れして脱水をする方法なのに、水切れが悪い、というより、ほとんどホエーが抜けない。

 一日経っても、型入れしたときの2/3くらいの量が残る(うまくいくときは、翌日は型の1/3くらいになる)。量が多くて、柔らかすぎて、反転もできない。カイエの味はいい。穴もあいていない。汚染ではないことはわかっていたが、どうにも水分が抜けない。どうにもならなくて、廃棄した時もある。

 困るのは、毎回ではないということ。何回かに一回、粘性のホエーになるのだ。
ラクティック・ドミノン製法だと、カイエの上方にホエーが浮く。そのホエーをできるだけ取って、カイエを切って型入れしてもまだ水切れが悪い。

 業を煮やして、乳酸菌作りをやめて、ホエーを乳酸菌代わりに使ってみたところ、一定期間は調子が良かったが、だんだん力が落ちるのか、1ヶ月ほどで乳酸発酵がうまくいかなくなった。今考えると、ファージが出たのかもしれない。その間、いろいろ考え、いろいろ試したところ、種継ぎのフレッシュを使わずに、冷凍しておくとうまくいくことがわかった。

 それからは、乳酸菌ができたら冷凍保存をすることにしている。

 今でも、乳酸菌は糸を引くことがあるが、ホエーは糸を引かない。少し粘性がある時もあるが、ちゃんと水が切れる。他の生産者さんに、ホエーが糸を引くことがあると聞いたことがあって、市販の乳酸菌でもあるのかと不思議に思った。おそらく、製造時の条件でそういう現象が起きたのだろう。

 乳酸菌を自家培養して6年半経つが、やっと落ち着いてきたのかもしれない。
私以外の人が工房で働くと、何かが起こるのだが、とりあえずこの時のように深刻ではない。
乳酸菌がざわめいているというか、優位争いをしているのだろう。
お酒も杜氏が変わるとお酒の味が変わるという。
チーズも作り手が変わると味が変わるようである。

フロマージュ・ドーメ 2021年


 今年もすでに4月である。
時の過ぎるのが早い。矢のように時間が過ぎていく。
なかなかこのブログを書き続けていくのも大変だが、ちゃんと続けていくつもりである。
(こればっかり言っているような気がするが・・・)

次回は、乳酸菌から少し離れて、「Mariage(マリアージュ) と Typicité(ティピシテ)」にする予定である。チーズと食べ物、飲み物の相性とそれぞれのチーズのもつ特徴を考えてみるつもりである。

2020年4月17日金曜日

チーズの製造方法:実践編 乳酸菌の種類

前回は、能書きだったが、今回は、乳酸菌をどのようにチーズに使うかを書いていくつもりである。筆者は、能書きも必要だと思っているので、前回は乳酸菌の定義について書いた。乳糖を分解して乳酸を作る微生物は、乳酸菌だけではない。ビフィズス菌も、大腸菌も乳糖を分解して、乳酸を作る。しかし、彼らのことは、乳酸菌とは言わない。

定義が大事なのは、決まっていなかったら、なんでもありになってしまうからである。
乳糖を分解する微生物、という括りになってしまったら、大腸菌だって、乳酸菌の一種になってしまう。だから、定義が大切なのである。

と言っても定義だけ聞いていても、面白くもなんともない。
実際に、どんな種類があって、どんな風にチーズに活用するのかが、面白いのである。
しかし、乳酸菌の定義は、フランスの学校の試験に出ましたな。
やはり重要なのである。

さて、前回のブログの最後に表を載せた。
詳しい説明をしていないので、わからない方も多いだろう。
もう一度載せておこう。

主な乳酸菌の分類
カルノ-バクテリウムとビフィド-バクテリウムは便宜上入れてある。

前回の定義のところで、形については丸い球菌と棒状の桿菌があることは書いた。
表の左側は球菌、右側は桿菌である。
その下の「繁殖温度」のところに、「中温菌」「高温菌」とある。
これはなんだろう?

中温菌は、30℃くらいで繁殖が活発になる。
高温菌は、40℃くらいで繁殖が活発になる。
要するに、繁殖が活発になる温度が違うわけである。

チーズの種類によって、製造するときの温度が違う。
ラクティック・ドミノンはヤギチーズの場合、22℃。牛乳の場合は、もう少し高くて良い。なぜなら、凝乳時間が長くて温度が低いと、脂肪分が浮いてきてしまうからである。
ミックス、PPNC、PPCなら、乳酸菌を使うときの温度は、だいたい32℃。

こう考えると、中温菌で良いのではないかと思うが、PPCでは、50℃以上に温度を上げる工程があるので、中温菌だけではうまくいかない。やはり、高温菌の出番だろう。
実際、50℃以上に加熱しても、高温菌は、全滅しない。

また、例外として、ミックスのモッツァレラは高温菌を使う。
高温(80〜90℃)のお湯で練るという工程があるからだろう。
また、イタリアは、高温菌をよく使うようで、柔らかいチーズにも高温菌を使うと聞いたことがある。フランスでは、PPNCにも中温菌を使う。
国によって、乳酸菌の使い方も違うようである。

だから、ラクティック・ドミノンのチーズを作るときには、中温菌のみで良い。
ミックス、PPNCなら、やはり中温菌。ただ、高温菌のストレプトコックは、Textureを作ると言われているので、混ぜることもあるそうだ。
PPCは、高温菌を使う、ということになる。
これは、温度だけによる使用である。pHの下がり具合も関係あるけどね。

チーズの風味に関しても、やはり使い分けがある。
表の一番下の、発酵タイプのところを見て欲しい。
ホモ発酵とヘテロ発酵と書いてある。
これはなんだろう?

ホモ発酵は、ほどんどの乳糖を乳酸に変換する。
図式は、以下の通りである。

C6H12O6(グルコース)→ 2CH 3CH(OH)COOH(乳酸)+2ATP
(ATPは、エネルギーを作る)
グルコース1分子から、2個の乳酸を生成するという式である。

このように、たくさんの乳酸を生成し、pHを下げる働きが強いのがホモ発酵をする乳酸菌である。


ホモ型乳酸発酵(EMP経路)
「乳酸菌とビフィズス菌の基礎講座」より(信州大学名誉教授 細野 明義氏による)

一方、ヘテロ発酵は、
C6H12O6(グルコース)→CH3CH(OH)COOH(乳酸)
+C2H5OH(エタノール)+CO 2(二酸化炭素)+ATP
という式になり、グルコース1分子から乳酸1個、エタノールと二酸化炭素を作る。
だから、pHを下げる力は強くない。

ヘテロ型乳酸発酵(HMP経路)
「乳酸菌とビフィズス菌の基礎講座」より(信州大学名誉教授 細野 明義氏による)

ヘテロ発酵をする乳酸菌で、チーズによく使われるのが、ルコノストックである。この乳酸菌は、芳香を作り出すので、フレッシュチーズ(フロマージュ・ブランなど)には、必ず入っている。

こんなふうに、チーズによって乳酸菌を使い分けると、チーズ作りもうまくいく。
メーカーも乳酸菌は、「スターター」と言って、すでにいろいろな乳酸菌を混合し、何々のチーズ向き、として販売している。
ただ、筆者は「スターター」という言い方は、好きではない。
一番最初に入れるから、「スターター」というのだろうが、その中には、乳酸菌も熟成菌も入っていることが多い。

例えば、ウォッシュタイプの「スターター」には、リネンス菌が入っていたりする。
それはそれでいいのだが、リネンス菌は熟成菌であり、乳酸菌ではない。
自分の作りたいチーズにどの乳酸菌が必要なのかを知っていれば、「スターター」も選ぶことが出来るのだ。

チーズの性質を決めるのは、凝乳酵素投入時のpHだが、チーズの風味を決めるのは乳酸菌である。筆者のところは、乳酸菌も自前で作っているから、その時々で風味が変わる。
大まかには、同じような風味になるのだが、今日はちょっと匂いが酸っぱいかな?とか、いい匂いだなーとか、毎回微妙に違う。

先日、生産者の方とお話ししたが、どうも日本のチーズ生産者は、マニュアルがお好きなようで。1時間経ったらこれ。30分したらこうする。
筆者とは正反対である。

当工房では、徳川家康方式である。
「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」である。
pHが落ちないなら、落ちるまで待とうという方式だから、待ち時間ができる時もある。
もちろん、筆者も職人の端くれだから、ただ待っているわけではないけどね。

この原稿の初稿は、昨年に書いている。
前の原稿をUPしてすぐに続きを書いたのだが、完成する前に忙しくなって投稿には至らなかった。現在は、新型コロナウィルスのせいで、製造を間引きし、直売所も休みを増やしているから、少し時間が取れそうだ。

次に書きたいことは、決まっている。
「ルコノストックの反乱」。
さて、どんな内容ですかな?