チーズを作る時に一番驚くのが、「液体(原乳)が固体(カイエ)になること」である。
凝乳は、「状態」の変化。
それを行うのが、凝乳酵素である。
では、凝乳酵素とはなんだろう?
平たくいうと、ミセル・ド ・カゼインを加水分解する酵素のことである。ミセル・ド・カゼインの加水分解というのは、κカゼインのペプチド、105と106の間を切断するというもの。
それによって、ミセル・ド ・カゼインは、凝集することになる。
大きく分けて、以下の3種類あるのだが、それぞれについて説明をしていこう。
- 動物性凝乳酵素
- 植物性凝乳酵素
- 微生物系凝乳酵素
以前にも載せたが、再度載せておこう。
Décret n° 69 – 475 du 14 mai 1969 - J.O. du 29 mai 1969
Art. 1er. – L’article 24 du décret susvisé du 25 mars 1924 est remplacé par les dispositions suivantes :
« La dénomination « présure » est réservée à l’extrait soit liquide ou pâteux, soit pulvérisé ou comprimé après dessiccation provenant de la macération des caillettes de jeunes bovidés tenus au régime du lait ».
「『Présure』の定義は、子供の牛科の動物の第四胃を塩水につけたものから取り出したエキスを液状、またはペースト状にしたか、あるいは、乾燥したのち、粉末状、または錠剤状にしたものである。」
(http://www.laboratoires-abia.com/index.php/fr/la-presure-generalites/la-presure より)
ABIA社の凝乳酵素(Présure) |
この動物性凝乳酵素は、フランス語ではPrésure(プレジュール)、英語ではRennet(レンネット)という。昔から使われている伝統的な凝乳酵素で、牛、山羊、羊ともにある。
現在では、ラクダのもあるそうだ。
ベジタリアンの台頭で、嫌われ者になりつつあるが、チーズを作る上では、一番良い凝乳酵素である。
なぜなら、自然の凝乳酵素で、長い年月使われてきたもの。
よくなければ、淘汰されたと思うが、いまだに我々は使用している。
また、この凝乳酵素は、Chymosine(キモシン)という酵素だけではなく、ペプシンという酵素も混ざっている。ペプシンは、人間の胃の中にもある、強酸性で働く酵素だ。
哺乳類の反芻動物の胃から取り出したものなので、当然のことだろう。
ペプシンも凝乳酵素として働くので、成獣のペプシンを凝乳酵素として使うこともできる。
ただし、フランスでは牛の成獣のペプシンのみ。他の国(イスラエルやアルジェリア)で使われている、豚や鶏のペプシンは使えない。
歴史を紐解いてみると、昔は、チーズの需要もさほど多くなかったが、第2時世界大戦後、チーズの需要が高まり、レンネットが不足し、代替え品を探すことに相成った。
ヨーロッパのいくつかの伝統的チーズは、2.の植物性凝乳酵素を使用している。
例えば、ポルトガルの羊乳チーズは、植物性の凝乳酵素を使ったものが多い。
下の写真は、ポルトガルのチーズ。
ただ、この植物性凝乳酵素はタンパク質の分解力が強く、苦味を作り出すことが多いので、あまり利用されなかったらしい。手に入れやすいので、便利なのだが、扱いが難しいとなると、使ってもらえないということになる。
Queijo Serra da Estrela(ケイジョ セーラ ダ エストレーラ) https://www.queijaria-portuguesa.pt/product-page/serra-da-estrela-dop |
種類はいくつかある。下の表は、植物と凝乳酵素の名前である。
よく使われるのがアザミのおしべ。パイナップルもあると聞く。パパイヤの酵素、パパインは、蛋白質分解酵素としても有名ですな。
というわけで、植物性凝乳酵素は、伝統的に使っているチーズ以外には、普及しなかったのである。
そこで、科学の発達とともに出現したのが、3.の微生物系凝乳酵素。
これには以下の
- カビ系
- 遺伝子組み換え系
まず、カビ系凝乳酵素。
これは、キモシンでもペプシンでもない。
カビが作り出す、乳を固まらせる酵素である。
以下のように3種類ある。
以前にも書いたが、また載せておこう。
- Protéase de Mm:Mucor miehei(土中にいる高温菌のカビ)が作る酵素
- Protéase de Mp:Mucor pusilus (土中にいる中温菌のカビ)が作る酵素
- Protéase de Cp:Chryphonectria Parasitica (栗に寄生するカビ)が作る酵素
昔は、回収率で伝統的凝乳酵素にかなわなかったが、今ではかなり改良されたそうだ。日本にも北八王子に工場がある。名糖産業というところが作っているのだが、なかなか良さそう。国産の凝乳酵素が使いたいのなら、問い合わせてみるのもいいだろう。
名糖産業の凝乳酵素など http://www.meito-sangyo.co.jp/safety/manufacture.html |
さて、もう一方の遺伝子組み換え系。
色々な会社がこの凝乳酵素を作っている。
カビ系酵素に比べて回収率(歩留まり)が良いので、工場製のチーズにはよく使われる。
この凝乳酵素は、大腸菌やカビ、酵母などの遺伝子を組み替えて、キモシンを合成させるのである。だから、作っている会社は、遺伝子組み換えではないという。
確かに、キモシン自体は遺伝子組み換えではないが、それを作り出している微生物が遺伝子組み換えの産物なので、やはり、これは遺伝子組み換えなのである。
日本では、遺伝子組み換えというのは評判が良くないようで、大きな工場では、カビ系の凝乳酵素を使うことが多いと聞いている。
粉末になっていることが多いので、取り扱いや保存に便利だ。
小さい工房でよく使われているのがクリスチャンハンセンの「カイマックス」という遺伝子組み換え系の凝乳酵素。
CHY-MAX(カイマックス ) https://www.sarawagigroup.com.np/product/chy-max-rennet-powder/ |
安価で、歩留まりがよく、扱いやすい、とくれば、使う人も多いだろう。
でも、筆者は使わない。
Présureが良いのは、キモシンだけではなく、ペプシン、ペプチド、アミノ酸、Naclなどが入っていて、熟成の時に活躍するからなのだ。
例えば、キモシンは、凝乳時と熟成時に働く。
また、塩は脱水時と熟成時に働く。
そのほかのアミノ酸、ペプチドも熟成時に働くのである。
筆者のフランス時代の恩師は、105と106の間を切れば良いってもんじゃない、と力説していた。筆者も賛成。
ただ、現在は、単純な味の方が好まれる傾向にあるような気がする。
筆者のフロマージュ・ドーメは、複雑な味が特徴なのだが、食べたことない味、などと言われて、よくわからない味と表現されることが多い。
味覚は人によって違う。
複雑な味より、単純な味を好む人が増えているということか。
フランスでもその傾向があるらしい。
美食の国でもそうなのである。
伝統的凝乳酵素が複雑な味を出すのなら、微生物系の凝乳酵素はすっきりした、明快な味を出すということなのだろうと思う。
筆者は、古い人間なので、複雑な味の方がいい。
話は逸れるが、今の日本の食品には、必ずと言っていいほど添加物としての「アミノ酸」が入っている。「umami」の発見は良いことだと思うのだが、あまりにも日本の食品はアミノ酸まみれで、人間の味覚の形成には邪魔なような気がする。
筆者はアミノ酸の入っていない食べ物を食べたい。
なぜなら、インスタントラーメン、レトルト食品など、アミノ酸の添加が多い食品を食べると具合が悪くなるようになったからだ。
歳のせいで、拒絶反応が起きたのかもしれないと思っている。
というのは、人間の体に悪いものを処理する能力は、バケツのようなもので、悪いものがバケツから溢れると病気になりやすいという説がある。
バケツの大きさは、個人で違う。
大きい人もいれば、小さい人もいる。
大きい人は長生きできるが、小さい人はあまり長生きできないと。
これは、筆者が鍼灸師の学校に行っていたときの話だが、今現在、なるほど、と思うこともある。
おっと、凝乳酵素の話から大分逸れてしまった。
凝乳酵素として働く物質はいろいろあるが、どんな風に使いたいのか、どんなチーズを作りたいのかで選んでいくものだと思っている。
さて、次回はいよいよ製造に入る。
製造総論に入ることにしようか。