2021年6月9日水曜日

チーズの製造方法:実践編 凝乳酵素

チーズを作る時に一番驚くのが、「液体(原乳)が固体(カイエ)になること」である。 
凝乳は、「状態」の変化。
それを行うのが、凝乳酵素である。

では、凝乳酵素とはなんだろう?

平たくいうと、ミセル・ド ・カゼインを加水分解する酵素のことである。ミセル・ド・カゼインの加水分解というのは、κカゼインのペプチド、105と106の間を切断するというもの。
それによって、ミセル・ド ・カゼインは、凝集することになる。
大きく分けて、以下の3種類あるのだが、それぞれについて説明をしていこう。
  1. 動物性凝乳酵素
  2. 植物性凝乳酵素
  3. 微生物系凝乳酵素
まず、1.の動物性凝乳酵素だが、フランスに定義がある。
以前にも載せたが、再度載せておこう。

Décret n° 69 – 475 du 14 mai 1969 - J.O. du 29 mai 1969 

Art. 1er. – L’article 24 du décret susvisé du 25 mars 1924 est remplacé par les dispositions suivantes :

«  La dénomination « présure » est réservée à l’extrait soit liquide ou pâteux, soit pulvérisé ou comprimé après dessiccation provenant de la macération des caillettes de jeunes bovidés tenus au régime du lait ».


Présureの定義は、子供の牛科の動物の第四胃を塩水につけたものから取り出したエキスを液状、またはペースト状にしたか、あるいは乾燥したのち、粉末状、または錠剤状にしたものである。」

http://www.laboratoires-abia.com/index.php/fr/la-presure-generalites/la-presure より)



ABIA社の凝乳酵素(Présure)


この動物性凝乳酵素は、フランス語ではPrésure(プレジュール)、英語ではRennet(レンネット)という。昔から使われている伝統的な凝乳酵素で、牛、山羊、羊ともにある。
現在では、ラクダのもあるそうだ。
ベジタリアンの台頭で、嫌われ者になりつつあるが、チーズを作る上では、一番良い凝乳酵素である。

なぜなら、自然の凝乳酵素で、長い年月使われてきたもの。
よくなければ、淘汰されたと思うが、いまだに我々は使用している。

また、この凝乳酵素は、Chymosine(キモシン)という酵素だけではなく、ペプシンという酵素も混ざっている。ペプシンは、人間の胃の中にもある、強酸性で働く酵素だ。
哺乳類の反芻動物の胃から取り出したものなので、当然のことだろう。

ペプシンも凝乳酵素として働くので、成獣のペプシンを凝乳酵素として使うこともできる。
ただし、フランスでは牛の成獣のペプシンのみ。他の国(イスラエルやアルジェリア)で使われている、豚や鶏のペプシンは使えない。

歴史を紐解いてみると、昔は、チーズの需要もさほど多くなかったが、第2時世界大戦後、チーズの需要が高まり、レンネットが不足し、代替え品を探すことに相成った。

ヨーロッパのいくつかの伝統的チーズは、2.の植物性凝乳酵素を使用している。
例えば、ポルトガルの羊乳チーズは、植物性の凝乳酵素を使ったものが多い。
下の写真は、ポルトガルのチーズ。

ただ、この植物性凝乳酵素はタンパク質の分解力が強く、苦味を作り出すことが多いので、あまり利用されなかったらしい。手に入れやすいので、便利なのだが、扱いが難しいとなると、使ってもらえないということになる。

Queijo Serra da Estrela(ケイジョ セーラ ダ エストレーラ)
https://www.queijaria-portuguesa.pt/product-page/serra-da-estrela-dop



種類はいくつかある。下の表は、植物と凝乳酵素の名前である。

植物性凝乳酵素

よく使われるのがアザミのおしべ。パイナップルもあると聞く。パパイヤの酵素、パパインは、蛋白質分解酵素としても有名ですな。
というわけで、植物性凝乳酵素は、伝統的に使っているチーズ以外には、普及しなかったのである。

そこで、科学の発達とともに出現したのが、3.の微生物系凝乳酵素。
これには以下の
  • カビ系
  • 遺伝子組み換え系
2種類がある。

まず、カビ系凝乳酵素。
これは、キモシンでもペプシンでもない。
カビが作り出す、乳を固まらせる酵素である。
以下のように3種類ある。
以前にも書いたが、また載せておこう。

  • Protéase de Mm:Mucor miehei(土中にいる高温菌のカビ)が作る酵素
  • Protéase de Mp:Mucor pusilus (土中にいる中温菌のカビ)が作る酵素
  • Protéase de Cp:Chryphonectria Parasitica 栗に寄生するカビ)が作る酵素
全て、Protéase(タンパク質分解酵素)という名がついている。この中で、よく使われているのは、Mucor miehei(ミエイイ)というカビの作り出す、MmとChryphonectria Parasitica(パラジチカ)が作り出すCpだそうである。

昔は、回収率で伝統的凝乳酵素にかなわなかったが、今ではかなり改良されたそうだ。日本にも北八王子に工場がある。名糖産業というところが作っているのだが、なかなか良さそう。国産の凝乳酵素が使いたいのなら、問い合わせてみるのもいいだろう。

名糖産業の凝乳酵素など
http://www.meito-sangyo.co.jp/safety/manufacture.html


さて、もう一方の遺伝子組み換え系。
色々な会社がこの凝乳酵素を作っている。
カビ系酵素に比べて回収率(歩留まり)が良いので、工場製のチーズにはよく使われる。

この凝乳酵素は、大腸菌やカビ、酵母などの遺伝子を組み替えて、キモシンを合成させるのである。だから、作っている会社は、遺伝子組み換えではないという。
確かに、キモシン自体は遺伝子組み換えではないが、それを作り出している微生物が遺伝子組み換えの産物なので、やはり、これは遺伝子組み換えなのである。

日本では、遺伝子組み換えというのは評判が良くないようで、大きな工場では、カビ系の凝乳酵素を使うことが多いと聞いている。
粉末になっていることが多いので、取り扱いや保存に便利だ。
小さい工房でよく使われているのがクリスチャンハンセンの「カイマックス」という遺伝子組み換え系の凝乳酵素。

CHY-MAX(カイマックス )
https://www.sarawagigroup.com.np/product/chy-max-rennet-powder/



安価で、歩留まりがよく、扱いやすい、とくれば、使う人も多いだろう。
でも、筆者は使わない。
Présureが良いのは、キモシンだけではなく、ペプシン、ペプチド、アミノ酸、Naclなどが入っていて、熟成の時に活躍するからなのだ。

例えば、キモシンは、凝乳時と熟成時に働く。
また、塩は脱水時と熟成時に働く。
そのほかのアミノ酸、ペプチドも熟成時に働くのである。

筆者のフランス時代の恩師は、105と106の間を切れば良いってもんじゃない、と力説していた。筆者も賛成。
ただ、現在は、単純な味の方が好まれる傾向にあるような気がする。
筆者のフロマージュ・ドーメは、複雑な味が特徴なのだが、食べたことない味、などと言われて、よくわからない味と表現されることが多い。

味覚は人によって違う。
複雑な味より、単純な味を好む人が増えているということか。
フランスでもその傾向があるらしい。
美食の国でもそうなのである。

伝統的凝乳酵素が複雑な味を出すのなら、微生物系の凝乳酵素はすっきりした、明快な味を出すということなのだろうと思う。
筆者は、古い人間なので、複雑な味の方がいい。

話は逸れるが、今の日本の食品には、必ずと言っていいほど添加物としての「アミノ酸」が入っている。「umami」の発見は良いことだと思うのだが、あまりにも日本の食品はアミノ酸まみれで、人間の味覚の形成には邪魔なような気がする。

筆者はアミノ酸の入っていない食べ物を食べたい。
なぜなら、インスタントラーメン、レトルト食品など、アミノ酸の添加が多い食品を食べると具合が悪くなるようになったからだ。

歳のせいで、拒絶反応が起きたのかもしれないと思っている。
というのは、人間の体に悪いものを処理する能力は、バケツのようなもので、悪いものがバケツから溢れると病気になりやすいという説がある。
バケツの大きさは、個人で違う。
大きい人もいれば、小さい人もいる。

大きい人は長生きできるが、小さい人はあまり長生きできないと。
これは、筆者が鍼灸師の学校に行っていたときの話だが、今現在、なるほど、と思うこともある。

おっと、凝乳酵素の話から大分逸れてしまった。

凝乳酵素として働く物質はいろいろあるが、どんな風に使いたいのか、どんなチーズを作りたいのかで選んでいくものだと思っている。

さて、次回はいよいよ製造に入る。
製造総論に入ることにしようか。

2021年4月19日月曜日

マリアージュ(Mariage)とティピシテ(Typicité)

「マリアージュ」は、結婚という意味のフランス語だが、食べ物と飲み物などの相性にも使われる言葉である。以前は使われることが多かったが、現在は、ペアリングという英語を使うことが多いようである。「ティピシテ」もワインやチーズなどによく使われる言葉で、特異な性質を表す時に使用される。日本ではあまり使われていないようだが。


ワインとチーズの盛り合わせ

今回、このテーマを選んだ理由は、フランスと日本の感覚の違いを考えてみたかったからだ。

 自然の乳酸菌種(ルヴァン=Levain)を作る資料を読んでいた時のことである。
こういう一説があって、日本とは違うな、と思った。

「多くの農家製のチーズの特異性を強化して、市販の乳酸菌の使用から解放されたいという願い」

 日本では、まだまだ乳酸菌は購入するものだと思っている向きが多い。市販の乳酸菌から解放されたいとは思っていないだろう。そして、「ミルクの優しい風味」、「食べやすさ」などを求める作り手も多いと感じる。消費者がそれを望んでいるから、ということなのだろうか。

 しかし、原乳にはこだわるのに、なぜ乳酸菌にはこだわらないのか、不思議だ。確かに前回書いたように、不安定で、うまくいかないことも多いのだが、「Typicité」にこだわろうとすると、市販の乳酸菌では物足りない。当工房で研修した後に自前の乳酸菌でチーズを作ろうとしたが、うまくいかない、という方もいた。乳酸菌がうまくいかないのだという。市販の乳酸菌を使用しているそうだが、残念だ。

 筆者にとって、「Typicité」というのは、土地の産物とのコラボ商品だけでなく、その土地の乳酸菌などの微生物を使用することなのである。実際、その土地の生産物とコラボしたチーズは多い。筆者のところも、青梅の酒造「小澤酒造」とコラボしたチーズが3種類ある。

 この頃増えているのを感じるのが、日本酒とのコラボ。
日本酒でウォッシュしたチーズを作る生産者が少しずつ増えているようなのだ。
ただ、日本酒は醸造酒なので、酵母が生きている。
日本酒の酵母は結構力が強いので、外国産のウォッシュのようなチーズを作るのは難しい。

 筆者の日本酒(生酛酒)を使ったチーズは、色が赤くならない。
日本酒の酵母が勝ってしまうようで、白っぽい酵母が表面に生える。
コンテストに出すと、「リネンス菌不足」で、大幅に減点。
味も特徴的なので、ミルクの優しい風味、ではない。

当工房で使っている日本酒(元禄)と焼酎(武州伝説)


 筆者としては、その味が、「Typicité」なのだが、わかってもらえないようである。
フランスのAOCや、イタリアのDOPのチーズは、味に特徴があって、優しい味ではない。また、乳酸菌は、市販のものを使うことはできない。
「Typicité」を重要視しているのがよくわかる。

 それから、「Mariage」についてだが、これも日本の使い方に少し違和感がある。
今は、ペアリングと言っていることが多いが、「Mariage」には、結婚と同じように、1人が2人になって、喜びも大きくなるといったような意味合いがある。
だから、チーズを食べて、ワインを飲むとおいしさが倍増するのが「Mariage」だと、筆者は思う。

 当工房のブリックが良い例である。
このチーズ、焼酎ウォッシュのくせに、赤ワインとの相性が抜群に良い。
安いカベルネソーヴィニョンが、美味しくなってしまう。
これは、私だけでなく、知り合いのフランス人も感じたそうだ。

La Brique ウォッシュタイプ

 日本酒とチーズは相性が良いのだが、外国のチーズだと、相性が限られる。
と言うのは、筆者がまだチーズショップにいた頃、日本酒を買ってはチーズと合わせていた。
一度、賀茂鶴の樽酒が手に入ったので、合わせるチーズとして、3種類ほど買って帰ったことがある。

 確か、日本酒に合うという、ミモレット18ヶ月、ブルー・デ・コース、もう一つは忘れた。
結論から言うと、樽酒と対等に勝負できたのは、ブルー・デ ・コースだけ。
あとの2種類は、樽酒の風味に負けて、味がなくなる。
ブルー・デ・コースは樽酒とマッチして、美味しさが膨らんでいた。

 亡くなった俳優の藤村俊二さんが、「オヒョイズ」と言うワインバーを経営していたことがある。その時に彼が、
「ワインを一口飲んで、パンを一口。ワインを一口飲んで、チーズをひとかけら。それを楽しんで欲しい。」と言うようなことをおっしゃっていたのが印象的である。
それこそ、「Mariage」では?

 そんなふうに、日本酒と国産チーズを楽しめたら良いと思うのだが、如何せん、日本のチーズは、風味が優し過ぎて単品で食べるなら良いが、飲み物と合わせると味がなくなるものが多い。と書くと怒られそうだが、実際に筆者がチーズと日本酒のペアリングというのに出席して試してみても、チーズはチーズ、お酒はお酒、と言う味わいが多かった。

 日本のチーズと日本酒が合わさって、より美味しい味を作り出すのを感じたことがない。
当工房のフロマージュ・ドーメは、当然、手入れをしている「元禄」とは相性が良い。美味しさも増す。しかし、他の日本酒とはどうだろう?
ブリックは、カベルネソーヴィニョンならなんでも良いようだが。

 「Mariage」を実感するためには、ワインを一口飲んで(日本酒でも)、チーズを一口食べる。味がより美味しくなっていれば、「Mariage」。ワインはワイン、チーズはチーズの味がするなら、「Mariage」ではないと思うのだ。

 「Mariage」も「Typicité」もフランスのもの。日本人が真似をする必要はないと思う方も多いと思うが、これも一つの食の楽しみ方。試してみてはいかがかな?

さて、次回は凝乳酵素といきましょうか。

2021年4月14日水曜日

乳酸菌こぼれ話「ルコノストックの反乱」

 昨年、チーズ生産者の方とお話ししていたら、酵母の話が出た。海外研修をして、酵母が大事だと聞いてきたようである。筆者がなんの酵母を添加しているか、知りたかったようだが、こちらは何も入れていない。
当工房は、自前の乳酸菌を使っていて、Penicillium Camemberti以外、何も添加しない。(ちなみにリネンス菌も入れていない)
それが、筆者のスタンスである。

プチ・トーメの表面に生えたGéo(酵母)

 よく、味噌、醤油、酒蔵などで、蔵付き酵母、とか、蔵付き乳酸菌などというが、チーズ工房でも同じである。筆者の工房は、最初からGéoがきた。そして、乳酸菌の優位菌は、なぜかLeuconostocらしい。筆者のお気に入りだからなのだろうか。

 日本酒の杜氏さんに聞いた話なのだが、人の手と口の中の微生物も日本酒の風味に影響するとのことだ。ということは、筆者にくっついている微生物も当工房のチーズの特徴を表すということですかな?子供の頃から、チーズ大好きだもんね。

 ただ、それが何かは分からない。

 日本の生産者さんは、「何が入っているのか分からないのは使えない」という。
しかし、長い歴史を持つヨーロッパの生産者さんは、そんなことは言わない。言うのは、工場の責任者くらいのものだろう。だって、中に何が入っているのか分からなくても、伝統的な作り方をすれば、ちゃんとチーズができるのだから。

 だが、この自然に任せている乳酸菌作りも、なかなか大変なのである。

 当工房も、乳酸菌作りでは、色々苦労してきた。
今回は、その中で、ヘテロ発酵の乳酸菌が色々と悶着を起こしたことを書こう。

 ルコノストック(Leuconostoc)という、ヘテロ発酵の中温菌が居る。
球菌である。

ルコノストック
https://morethanadodo.com/2019/05/03/bacteria-that-changed-the-world-leuconostoc/

 この乳酸菌は、グルコースを乳酸、CO2、エタノールに分解するヘテロ発酵タイプで、芳香を作り出すため、フレッシュタイプのチーズに多く使われる。
だから、筆者はこの乳酸菌が来てくれるのを歓迎しているのだ。

 実際、ラクティック・ドミノンのチーズを作っていると、乳酸発酵の時、すごくいい匂いがする。この匂いがすると、発酵がうまくいっているという証拠。
酸度とpHを測ると、大体、凝乳酵素を入れるのに良いタイミングである。

 良い乳酸菌でないと、この芳香がない。
酸度も上がらないし、pHも落ちない。
Leuconostocだけではないと思うが、芳香を作る乳酸菌は、確かに当工房には住み着いていると思う。

 ただ、このLeuconostoc君、色々と面倒なことを起こすのだ。
では、このLeuconostoc君、どんな乳酸菌で、どんな面倒を引き起こすのだろう?

 まず、名前の由来だが、Nostocは、粘液性の藍藻、Leucoは、「白」という意味だそうである。1878年にVan THIEGHEMという人によって定義されたそうだ。

 どこにいるかといえば、青草や、乾いた飼料、牧場のゴミの中など。それが、牛の乳房にくっついて、搾乳の時に乳中に紛れ込むのである。Milles Trous(ミル トロ)という、カイエに丸い穴がボコボコ開くような欠陥は、こいつのCO2の生産のせいである。

LeuconostocのCO2のせいで、穴がボコボコあいたカイエ

 当工房でも、3月くらいにこのような現象が起こることが多い。青草の時期とあっているので、Leuconostocが青草にいるというのは正しいと思う。当工房の原乳には、放牧乳も混じっているからだ。

 穴がボコボコ開くと、カイエが上に浮いて、ホエーは下にたまる。だから上の部分は乾燥していることが多い。このカイエを型入れすると、チーズに亀裂ができることがあるが、熟成がさほど長くないので問題はほとんどない。

 ただ、ちょっと気持ち悪い。鬼太郎に出てくる、千の目の妖怪みたいで・・・

 また、よく知られている特性として、デキストラン(ブドウ糖のポリマー)を作るのだが、このデキストランは、糸を引くような粘性を持っている。

 筆者が乳酸菌を作るときは、届いた生乳をヨーグルトメーカーで培養するか、室温に置くかするのだが、たまに糸を引くことがある。汚染されたのかと思って、器具を念入りに洗っても糸をひく。乳酸菌が粘性をもつだけならよかったのだが、あるとき、ホエーまで粘性をもつようになってしまったのだ。

 当時は、乳酸菌を培養して種継ぎをしてフレッシュなまま使っていた。乳酸菌は何ともなくても、ホエーが糸を引く。これには参った。
なぜなら、筆者の工房のメイン商品は、ラクティック・ドミノン製法。型入れして脱水をする方法なのに、水切れが悪い、というより、ほとんどホエーが抜けない。

 一日経っても、型入れしたときの2/3くらいの量が残る(うまくいくときは、翌日は型の1/3くらいになる)。量が多くて、柔らかすぎて、反転もできない。カイエの味はいい。穴もあいていない。汚染ではないことはわかっていたが、どうにも水分が抜けない。どうにもならなくて、廃棄した時もある。

 困るのは、毎回ではないということ。何回かに一回、粘性のホエーになるのだ。
ラクティック・ドミノン製法だと、カイエの上方にホエーが浮く。そのホエーをできるだけ取って、カイエを切って型入れしてもまだ水切れが悪い。

 業を煮やして、乳酸菌作りをやめて、ホエーを乳酸菌代わりに使ってみたところ、一定期間は調子が良かったが、だんだん力が落ちるのか、1ヶ月ほどで乳酸発酵がうまくいかなくなった。今考えると、ファージが出たのかもしれない。その間、いろいろ考え、いろいろ試したところ、種継ぎのフレッシュを使わずに、冷凍しておくとうまくいくことがわかった。

 それからは、乳酸菌ができたら冷凍保存をすることにしている。

 今でも、乳酸菌は糸を引くことがあるが、ホエーは糸を引かない。少し粘性がある時もあるが、ちゃんと水が切れる。他の生産者さんに、ホエーが糸を引くことがあると聞いたことがあって、市販の乳酸菌でもあるのかと不思議に思った。おそらく、製造時の条件でそういう現象が起きたのだろう。

 乳酸菌を自家培養して6年半経つが、やっと落ち着いてきたのかもしれない。
私以外の人が工房で働くと、何かが起こるのだが、とりあえずこの時のように深刻ではない。
乳酸菌がざわめいているというか、優位争いをしているのだろう。
お酒も杜氏が変わるとお酒の味が変わるという。
チーズも作り手が変わると味が変わるようである。

フロマージュ・ドーメ 2021年


 今年もすでに4月である。
時の過ぎるのが早い。矢のように時間が過ぎていく。
なかなかこのブログを書き続けていくのも大変だが、ちゃんと続けていくつもりである。
(こればっかり言っているような気がするが・・・)

次回は、乳酸菌から少し離れて、「Mariage(マリアージュ) と Typicité(ティピシテ)」にする予定である。チーズと食べ物、飲み物の相性とそれぞれのチーズのもつ特徴を考えてみるつもりである。

2020年4月17日金曜日

チーズの製造方法:実践編 乳酸菌の種類

前回は、能書きだったが、今回は、乳酸菌をどのようにチーズに使うかを書いていくつもりである。筆者は、能書きも必要だと思っているので、前回は乳酸菌の定義について書いた。乳糖を分解して乳酸を作る微生物は、乳酸菌だけではない。ビフィズス菌も、大腸菌も乳糖を分解して、乳酸を作る。しかし、彼らのことは、乳酸菌とは言わない。

定義が大事なのは、決まっていなかったら、なんでもありになってしまうからである。
乳糖を分解する微生物、という括りになってしまったら、大腸菌だって、乳酸菌の一種になってしまう。だから、定義が大切なのである。

と言っても定義だけ聞いていても、面白くもなんともない。
実際に、どんな種類があって、どんな風にチーズに活用するのかが、面白いのである。
しかし、乳酸菌の定義は、フランスの学校の試験に出ましたな。
やはり重要なのである。

さて、前回のブログの最後に表を載せた。
詳しい説明をしていないので、わからない方も多いだろう。
もう一度載せておこう。

主な乳酸菌の分類
カルノ-バクテリウムとビフィド-バクテリウムは便宜上入れてある。

前回の定義のところで、形については丸い球菌と棒状の桿菌があることは書いた。
表の左側は球菌、右側は桿菌である。
その下の「繁殖温度」のところに、「中温菌」「高温菌」とある。
これはなんだろう?

中温菌は、30℃くらいで繁殖が活発になる。
高温菌は、40℃くらいで繁殖が活発になる。
要するに、繁殖が活発になる温度が違うわけである。

チーズの種類によって、製造するときの温度が違う。
ラクティック・ドミノンはヤギチーズの場合、22℃。牛乳の場合は、もう少し高くて良い。なぜなら、凝乳時間が長くて温度が低いと、脂肪分が浮いてきてしまうからである。
ミックス、PPNC、PPCなら、乳酸菌を使うときの温度は、だいたい32℃。

こう考えると、中温菌で良いのではないかと思うが、PPCでは、50℃以上に温度を上げる工程があるので、中温菌だけではうまくいかない。やはり、高温菌の出番だろう。
実際、50℃以上に加熱しても、高温菌は、全滅しない。

また、例外として、ミックスのモッツァレラは高温菌を使う。
高温(80〜90℃)のお湯で練るという工程があるからだろう。
また、イタリアは、高温菌をよく使うようで、柔らかいチーズにも高温菌を使うと聞いたことがある。フランスでは、PPNCにも中温菌を使う。
国によって、乳酸菌の使い方も違うようである。

だから、ラクティック・ドミノンのチーズを作るときには、中温菌のみで良い。
ミックス、PPNCなら、やはり中温菌。ただ、高温菌のストレプトコックは、Textureを作ると言われているので、混ぜることもあるそうだ。
PPCは、高温菌を使う、ということになる。
これは、温度だけによる使用である。pHの下がり具合も関係あるけどね。

チーズの風味に関しても、やはり使い分けがある。
表の一番下の、発酵タイプのところを見て欲しい。
ホモ発酵とヘテロ発酵と書いてある。
これはなんだろう?

ホモ発酵は、ほどんどの乳糖を乳酸に変換する。
図式は、以下の通りである。

C6H12O6(グルコース)→ 2CH 3CH(OH)COOH(乳酸)+2ATP
(ATPは、エネルギーを作る)
グルコース1分子から、2個の乳酸を生成するという式である。

このように、たくさんの乳酸を生成し、pHを下げる働きが強いのがホモ発酵をする乳酸菌である。


ホモ型乳酸発酵(EMP経路)
「乳酸菌とビフィズス菌の基礎講座」より(信州大学名誉教授 細野 明義氏による)

一方、ヘテロ発酵は、
C6H12O6(グルコース)→CH3CH(OH)COOH(乳酸)
+C2H5OH(エタノール)+CO 2(二酸化炭素)+ATP
という式になり、グルコース1分子から乳酸1個、エタノールと二酸化炭素を作る。
だから、pHを下げる力は強くない。

ヘテロ型乳酸発酵(HMP経路)
「乳酸菌とビフィズス菌の基礎講座」より(信州大学名誉教授 細野 明義氏による)

ヘテロ発酵をする乳酸菌で、チーズによく使われるのが、ルコノストックである。この乳酸菌は、芳香を作り出すので、フレッシュチーズ(フロマージュ・ブランなど)には、必ず入っている。

こんなふうに、チーズによって乳酸菌を使い分けると、チーズ作りもうまくいく。
メーカーも乳酸菌は、「スターター」と言って、すでにいろいろな乳酸菌を混合し、何々のチーズ向き、として販売している。
ただ、筆者は「スターター」という言い方は、好きではない。
一番最初に入れるから、「スターター」というのだろうが、その中には、乳酸菌も熟成菌も入っていることが多い。

例えば、ウォッシュタイプの「スターター」には、リネンス菌が入っていたりする。
それはそれでいいのだが、リネンス菌は熟成菌であり、乳酸菌ではない。
自分の作りたいチーズにどの乳酸菌が必要なのかを知っていれば、「スターター」も選ぶことが出来るのだ。

チーズの性質を決めるのは、凝乳酵素投入時のpHだが、チーズの風味を決めるのは乳酸菌である。筆者のところは、乳酸菌も自前で作っているから、その時々で風味が変わる。
大まかには、同じような風味になるのだが、今日はちょっと匂いが酸っぱいかな?とか、いい匂いだなーとか、毎回微妙に違う。

先日、生産者の方とお話ししたが、どうも日本のチーズ生産者は、マニュアルがお好きなようで。1時間経ったらこれ。30分したらこうする。
筆者とは正反対である。

当工房では、徳川家康方式である。
「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」である。
pHが落ちないなら、落ちるまで待とうという方式だから、待ち時間ができる時もある。
もちろん、筆者も職人の端くれだから、ただ待っているわけではないけどね。

この原稿の初稿は、昨年に書いている。
前の原稿をUPしてすぐに続きを書いたのだが、完成する前に忙しくなって投稿には至らなかった。現在は、新型コロナウィルスのせいで、製造を間引きし、直売所も休みを増やしているから、少し時間が取れそうだ。

次に書きたいことは、決まっている。
「ルコノストックの反乱」。
さて、どんな内容ですかな?

2019年6月18日火曜日

チーズの製造方法:実践編 乳酸菌のプロローグ

2019年も6月に突入した。

昨年、このブログを書いたのは、確か2月。
忙しいというのは本当だが、筆者がしたいことは、チーズを作りたい人の手助けをすること。今更ながら、確認したことだ。
今まで、少し、本筋を外れていたのかな、と思っている。

色々な雑用から、少し解放されたので、ブログを続けていきたいと考えている。
続けると言い切れないのが、辛いところだが・・・
ただ、筆者がフランスの専門学校で学んだことを、チーズを作りたい人、作っていて壁にぶつかっている人に、少しでも伝えたいと思っているので、続けていきたいだけである。


さて、乳酸菌である。
乳酸菌という微生物がいるのではなく、消費した糖類から50%以上の乳酸を生成する微生物の総称である。そして、チーズを作る上で、最も重要な微生物である。

乳酸菌に関しては、以前にもこのブログで書いたことがあるが、今回は実践編になるのでもう少し詳しく書いていこう。
乳酸菌の定義は、以前にも書いたが、もう一度復習しておく。

「乳酸菌は、乳酸を多量に作る細菌群の総称である。乳酸菌はグラム陽性(細菌をグラム染色で染色すると青色に染まる)で桿菌(筆者注:形が棒状や円筒状の細菌)または球菌の形態をとり、カタラーゼを生産せず、運動性がなく、胞子を形成せず、(中略)ブドウ糖に対して第一発酵式(ホモ発酵)あるいは第二発酵式(ヘテロ発酵)に従って乳酸を生成することが定義づけられている。」
「畜産食品微生物学 細野明義編(株式会社朝倉書店)」
 P34 2.1 微生物の種類(北澤春樹)c.発酵乳製品と微生物 より抜粋

まず、乳酸菌は、グラム陽性菌である。
では、グラム陽性菌とは何か。

グラム染色という染色方法がある。
主として、細菌類を色素によって染色する方法の一つで、細菌を分類する基準の一つである。デンマークのハンス・グラム博士によって発明されたそうだ。

グラム染色によって、細菌類は大きく2種類に分類される。
青紫に染まるものをグラム陽性、赤く染まるものをグラム陰性という。
グラム陽性菌とグラム陰性菌では、細胞壁の構造が違うため、色が変わってくるのである。

グラム陽性菌には、人間に害をなすものも役に立つものがあるが、グラム陰性菌は、人間に害を為すものがほとんどだと、フランスの恩師が力説していた。

下の写真を見て欲しい。桿菌も球菌も見事に青紫色だ。


グラム染色で染めたブルガリクス(棒状の菌)とストレプトコック(丸い菌)
http://b.21-bal.com/buhgalteriya/1419/index.html

球菌と桿菌があるのも特徴の一つ。
球菌は、丸い形、桿菌は棒状である。
ラクトコック・ラクティス
http://textbookofbacteriology.net/featured_microbe.html

ラクトバシリュス ブルガリクス
http://phytocode.net/phytoglossary/lactobacillus-bulgaricus/
コックというのは、丸い形の乳酸菌を指し、バシリュスは、棒状の乳酸菌をさす。

次に、カタラーゼを生産しない、とある。
カタラーゼは、過酸化水素を水と水素に分解するのだが、嫌気性菌はこれを持っていない。過酸化水素は、体に害があるので、好気性の生物は皆(人間も!)カタラーゼを持っている。

乳酸菌は、通性嫌気性菌といって、酸素があってもなくても生きられる微生物である。
無酸素状態で、乳酸菌は、1分子のブドウ糖から、2分子の乳酸と2分子のATP(高エネルギー化合物)を生産する。これが、酸素のある状態では、最終的にブドウ糖を二酸化炭素と水に分解し、36〜38分子のATP生産する。酸素がある方が多くのエネルギーを生産するのに、どちらかというと無酸素状態を好み、カタラーゼがないのは、面白い。

運動性がないのも特徴。
微生物の中には、鞭毛を持って、移動するものがある。
乳酸菌は、移動できないのである。

鞭毛のある緑膿菌とピロリ菌。
https://blogs.yahoo.co.jp/kmatsui00307/30708195.html

胞子を形成しないのも特徴の一つだが、胞子を形成するのは、カビの特徴。
乳酸菌は、そうではないのである。

青かびの胞子。乳酸菌は、胞子を作らない。
https://www.city.saitama.jp/sciencenavi/kenkou/003/p008951.html

また、ホモ発酵とヘテロ発酵というのは、発酵のタイプである。

まず、乳酸菌は、グルコースを分解するのに解糖系という経路を使う。

解糖系。

乳酸菌は、無酸素状態で1分子のブドウ糖から2分子の乳酸を、酵母は2分子のエタノールを、
有酸素状態では、TCA回路に移動して、最終的に二酸化炭素と水、ATPを生産する。
http://www.nyusankin.or.jp/scientific/moriji_4.html

この経路で、ピルビン酸まで分解すると、乳酸菌は乳酸を、酵母はエタノールを、他の好気性生物はTCA回路でATPを得る。
しかし、乳酸を得るのに、乳酸菌には、二つの経路があるのだ。
それがホモ発酵とヘテロ発酵である。

ホモ発酵は、1分子のブドウ糖から2分子の乳酸と2ATP(エネルギー)を生産する。

C6H12O6(グルコース)→ 2CH3CH(OH)COOH(乳酸)+2ATP 


ホモ発酵の様子。1分子のグルコースから、2分子の乳酸ができる。
http://www.nyusankin.or.jp/scientific/moriji_4.html

この発酵形式をとるのは、ラクトコック ラクティス、ラクトバシリュス ブルガリクスなどである。どちらかというと、pHを下げる力が強い。

ヘテロ発酵は、1分子のグルコースから、1分子の乳酸、エタノール、二酸化炭素を生成する発酵である。

C6H12O6(グルコース)→CH3CH(OH)COOH(乳酸)
+C2H5OH(エタノール)+CO2(二酸化炭素)+ATP (2)

ヘテロ発酵の様子。1分子のグルコースから、1分子の乳酸、エタノール、二酸化炭素ができる。
http://www.nyusankin.or.jp/scientific/moriji_4.html
この発酵形式をとるのは、ルコノストックが代表的である。この乳酸菌は、芳香を生成するので、フレッシュタイプのチーズやヨーグルトによく使われる。

乳酸菌の特徴がお分かりいただけただろうか。
最後に、乳酸菌の分類を載せておこう。
細かく分類すると大変なので、チーズによく使われるものを中心にしておく。

大まかな乳酸菌の分類。形と発酵形態でまとめてある。
ビフィドバクテリウムは、乳酸菌ではないが、便宜上載せた。

さて、今回はここまで。
次回から、チーズに関与する乳酸菌とその働きをまとめていこう。
一応、チーズ製造講座もしているので、情報は、半分以下と思っていただきたい。
講座に来ていただければ、もっと詳しい話もできますな。

それから、チーズ A to Zによる試みを一つ。
チーズを作っている方、これから作りたい方の手助けを開始する。
作っている方に対しては、トラブルの解消法や、新しいチーズの作り方を解説するなどのことを。これからチーズを作りたい方に対しては、工房設立やチーズの製造方法などに関してのアドヴァイスを。

筆者の都合もあるので、無料とはいかないが、問い合わせをくだされば、なるべく希望に沿うように考える。
それから、時間が取れれば、出張講座も行っていこうと考えている。
人数が揃えば、こちらに来るより、金銭的にも時間的にも楽になると思う。これも問い合わせをいただければ企画してみる。

次回は、チーズ製造に関する乳酸菌の利用について、もう少し突っ込んだ話をしていきたいと思っている。


2018年2月2日金曜日

寒造りのチーズ

2018年が始まった。
すでに1ヶ月も経過してしまったが、今年もよろしくお願いいたします。

前回が、昨年の8月だったので、かなり間が空いてしまった。
申し訳ない。
筆者としても、1ヶ月に1回は書きたい。
努力します・・・

さて、去年の年末のイベントと今年の新年会で、面白い発見をした。
二つともチーズ関係のイベント、新年会ではない。
年末のイベントは、江戸東京野菜と日本酒の会。
新年会は、北関東の農業生産者さんの会。

年末のイベントでは、東村山の豊島屋酒造の見学をした。
蔵の中を見せてもらって、いろいろな説明を受けたのだが、気になったのが麹を培養しているところ。
案内をしてくれた酒造の方と麹の培養の話をしていたら、乳酸菌の話になった。

豊島屋酒造にて。

麹。

日本酒作りにも乳酸菌を使うことは知っていたが、詳しいことまでは知らなかった。
あとで調べたところによると、乳酸菌は、チーズを作るときと同じように、pHを下げるために使われる。pHを下げ、雑菌の繁殖を抑えるためである。
現在では、速醸酒母といって、乳酸を加える方法が一般的だそうだが、乳酸菌を使う生酛酒母の方法もまだまだ健在。

以前、生酛チーズという項目でブログを書いたことがあるが、それである。
生酛は、低温に保ち、雑菌を抑える。
その間に、有用な微生物が増えて行くのだが、その一つが乳酸菌である。

どんな乳酸菌かというと、Leuconostoc mesenteroidesとLactobacillus sakeiである。
Leuconostoc の方は、柔らかいチーズ製造でも重要な乳酸菌。
ヘテロ発酵だが、芳香を生産するので、フロマージュ・ブランなどには欠かせない。
こいつは、中温菌なのだが、低温に保つ生酛の中でも増えるらしい。
面白い!

もう一つの乳酸菌、Lactobacillus sakei は、低温で増殖する乳酸菌である。
フランスなどでは、肉やソーセージの保存料として使われるらしい。
熟成肉に使えるのかもしれない(?)。
日本だと、日本酒の他に、漬物に使えるようである。
そして、やはり保存に向いているようだ。

Lactobacillus sakei
http://www.inra.fr/Entreprises-Monde-agricole/Offres-de-technologie/Toutes-les-actualites/OT_Lactobacillus-sakeiより

生酛酒母だけではなく、漬物、味噌、醤油などにも乳酸菌が利用されている。
日本にも、乳酸菌は溢れているのだ。
ただ、外国のものとは、少し違うのではないだろうか。

だから、筆者は、この日本の乳酸菌をチーズにも応用できないかと思っている。
というのは、うちの工房では、自前の乳酸菌を使っているので、生酛の製法を応用できないかと思うのである。

筆者のチーズは、和の風味をもっている。
酒粕のような、漬物のような、味噌、醤油に通じるような風味である。
チーズ関係者の方は、筆者のチーズのことを
「食べたことない味」と評価する。

フロマージュ・ドーメ(Fromage d'Omé)

しかし、日本でチーズを作れば、日本の発酵食品である。
日本の味があって、良いではないか!と思うのである。
そして、筆者のチーズは、日本酒との相性が良い。
外国のチーズだと、相性の良いものもあるが、違和感を感じることもある。

チーズとワインを合わせるときによく言われることが、同じ地方のものなら、だいたいは合うのだということ。
それを考えたら、日本のチーズは、日本酒と合うということになりますな。

今年で工房を開いて4年目である。
1年目、2年目は、夏場、乳酸菌に泣かされた。
冬場は問題ないのだが、夏場は乳酸菌に振り回される。

昨年は、なんとかなったが、まだ安心はできない。
生酛の製造方法で、何かヒントがありそうなのだが、
まだどのようにしたらよいのか、模索中である。

北関東の野菜の生産者さんとの新年会で、漬物屋さんが似たようなことを言っていた。
やはり、夏場は漬物の味が今ひとつだそうだ。
漬物や日本酒のように、日本のチーズが、日本の発酵食品になると良いなと思う。

というわけで、次回は、やっと乳酸菌に突入できそうである。
やりたい事(このブログを含む)はたくさんあるのだが、いかんせん、しなければならないことの方が増えすぎて、なかなかやりたいことができなくなっている状態。

でも、続けて行きますからね!

2017年8月8日火曜日

チーズの分類はどのようにしたら良いのか?

先日、知り合いに、チーズの分類について、質問を受けた。

ミモレットに関してであったが、このチーズをPPC(加熱圧搾)に分類していることがあるという。ミモレット・ヴィエイユ(熟成の長いチーズ)は*LR(ラベル・ルージュ)という認証を取っている。CDC(Cahier des charges:カイエ・デ・シャージュ=仕様書)は、まだ完成していないようだが、下書きを読むとDélactosage(デラクトザージュ:カイエをお湯で洗うこと)を行なっているので、PPNC(非加熱圧搾)に分類される。
INAOの分類も、PPNCになっている。
*LR:ラベル・ルージュ;一般に販売されている商品よりも、その品質や製造が優れているものに与えられる国際的認証)

ということは、ミモレットは、製造上の分類では、PPNCであり、PPCではないことになる。また、筆者は、このチーズの6週間熟成というのを販売していたことがあるが、まるでゴム鞠。表皮もツルツルで、包丁ですぐに切れるほどの柔らかさ。これが、熟成するとciron(コナダニ)がつき、表面がボロボロになる。水分も飛んで、生地が硬くなるのである。

また、ゴーダも熟成状態によって、硬さが変わる。
しかし、ゴーダの場合、日本では製造方法がよく知られているため、PPCに分類する人はいない。

このように、チーズの分類は、まちまちである。
筆者は、以前にもチーズの分類として、製造方法による分類を提唱したが、今回は、どうしてこの分類が合理的なのかをもう少し詳しく説明しよう。

まず、チーズの分類方法はいろいろあることを見ていこう。

FAOという国際的組織がある。
英語で "Food and Agriculture Organization of the United Nations" という。
フランス語では、"Organisation des Nation Unies pour l'alimentation et l'agriculture" という。
日本では、「国際連合食糧農業機関」と言っている。

そのFAOでも、チーズの分類をしているが、以下のようになる。


TEFDは、Pourcentage de la teneur en eau dans le fromage dégraissé(フランス語)、英語では、MFFB:Percentage moisture on a fat-ferr basisという。
二つとも、脂肪分を取り除いたチーズ中の水分を表す。

MGES は、Pourcentage de la matière grasse dans l'extrait sec(フランス語)、英語では、FDB:Percentage fat on a dry basisという。
これは、完全に脱水したチーズ中の脂肪分を表す。

あるチーズを例にとって見てみよう。
ここに、チーズ中の水分TEFDが57、脂肪分MGESが53で、ロックフォールと同じ方法で熟成させたチーズがあるとすると、以下のように分類される。

TEFD:57、MGES:53の青カビチーズの場合
すなわち、半硬質で、全脂肪の青カビチーズとなる。

いい分類方法なのだが、難点は、TEFDとMGESがわからないと分類できないところである。

それでは、次に、製造方法による分類方法を見てみよう。

ヨーロッパ型のチーズの特徴は、乳酸菌と凝乳酵素を併用するところにある。
東洋型のチーズは、乳酸菌だけを使うものも多いが、ヨーロッパ型は、ほとんどのチーズが乳酸菌と凝乳酵素を併用している。
ま、例外として、カッテージ(イギリス)、マスカルポーネ(イタリア)などが、乳酸菌か酸のみを利用しているのだが。

そして、凝乳酵素の量によって、

  1. ラクティック・ドミノン(乳酸菌優位法)
  2. ミックス
  3. プレジュール・ドミノン(凝乳酵素優位法)
の3種類に分けられる。
乳酸菌の量はあまり関係なく、種類が違うのみである。

そして、これが製造方法による分類方法になるのである。
まず、1.のラクティック・ドミノン。
これは、山羊チーズを作る時によく用いられる方法である。

凝乳酵素の量は少なく、凝固に時間をかける。
そして、このチーズの特徴は、フレッシュでも熟成させても食べられるということである。山羊のチーズは、ほとんどがここに入る。
フロマージュ・ブランも、ここに入るが、他に熟成させるタイプもある。
例えば、エポワス。このチーズは、ラクティック・ドミノン製法で作り、ウォッシュしたものである。また、自然の表皮である、サン・マルスランなどもここに入る。


2.のミックスには、柔らかいタイプのチーズがほとんど入る。
例えば、Pâte filéeであるモッツァレラ、カマンベールなどの白カビ、ロックフォールのような青カビ、マンステールのようなウォッシュタイプは、すべてここに入る。
これに分類されるチーズの出来たては、ボソボソしていて美味しくない。
熟成させて、初めて美味しくなるのが特徴である。

例外は、モッツァレラ。
これは、出来立てが美味しい。
製法がミックスでも、Pâte Filéeは熟成させなくても美味しいのである。

3.のプレジュール・ドミノンは、3つのタイプに分けることができる。

  • Pâte pressée non cuite(非加熱圧搾)
  • Pâte pressée demi-cuite(半加熱圧搾)
  • Pâte pressée cuite(加熱圧搾)
PPNC(非加熱圧搾)は、カイエ切断の後、40℃以下に加熱する。
PP demi-cuite(半加熱圧搾)は、40〜50℃に加熱する。
PPC(加熱圧搾)は、50℃以上で加熱する。

cuiteとは、「火を通す、煮る」という意味である。
また、これらのチーズは、加熱することと、圧搾することが特徴である。

PPNCは、ゴーダなどに代表される、やや柔らかいチーズである。
チーズによっては、Délactosage(デラクトザージュ:ラクトースを取り除くという意味。英語では、ウォッシングという。カイエをお湯で洗う工程)を行うのも特徴だが、AOPのチーズでは、禁止しているものもある。

PP demi-cuiteには、アボンドンス、アッペンゼルなどが入る。
両方とも、加熱温度は、45〜48℃くらいである。

PPCは、コンテやエメンタール、グリュイエール、パルミジャーノ・レッジャーノが代表的である。

表にしてみると、こうなる。



この分類方法だと、例えば、カマンベールなら、ミックス製法の白カビ熟成タイプ、コンテなら、凝乳酵素優位法のPPC、エポワスなら、乳酸菌優位法のウォッシュタイプ、となる。

白カビだの、青カビだのが乳酸菌優位法とミックスにまたがっているので、ややこしいかもしれないが、製造方法が違うのがわかるので、良いと思う。
例外のカッテージ、マスカルポーネは、凝乳酵素を使っていないので、ラクティック・ドミノンと分けて、ラクティック(酸凝固)という項目を作ればいい。

よく使われている分類方法は、フレッシュ、白カビ、青カビ、ウォッシュ、非加熱圧搾、加熱圧搾、シェーヴルとなっていて、熟成状態と製造状態が混ざっている。
同じウォッシュといっても、マンステールとエポワスでは、作り方が違う。
山羊チーズだけを分けたのは、ラクティック・ドミノンだからだろうか。

この分類方法は、合理的だと思うが、製造方法を知らないとできないというネックがある。しかし、製造方法は、重要だと筆者は思うので、この分類方法を提案するのである。