2014年8月8日金曜日

チーズの起源

筆者は、考古学が好きである。
チーズがどこで生まれたのかにも興味があって、調べたところ、いい本を3冊ほど見つけた。

  • ジャレド・ダイアモンド氏の「銃・病原菌・鉄」
  • ポール・キンステッド氏の「チーズと文明」
  • ジャン・ボテロ氏の「最古の料理」

ピューリッツァ賞受賞。人類史を知るには、いい本です。

最古の料理は、メソポタミアの粘度板を解析したもの。
チーズと文明は、チーズから見た文明史。惜しむらくは、産業革命以降が、イギリスとアメリカに限定されていること。


まず、「銃・病原菌・鉄」は、人類史の本である。
だから、チーズ以外の事もたくさん書いてあり、人間がどのように発展してきたかが解って、興味深い。
この本によると、人間が、初めて食物を栽培し、定住生活に入った地域は、5つ。

  • メソポタミアの肥沃三日月地帯(南西アジア)
  • 中国
  • 中米(メキシコ中部、南部、その近隣の中央アメリカ)
  • 南米のアンデス地帯
  • アメリカ合衆国東部


これらは、確証があるそうだ。
この中で一番古い地域は、肥沃三日月地帯で、紀元前8500年と検証されている。
では、なぜここなのだろうか、どうして紀元前8500年なのだろうか、という疑問にも、この本は答えてくれる。

まず、なぜ人はこの地域で、食料を生産するようになったかと言うと、

  1. この13000年の間に入手可能な自然資源が減少し、狩猟生活をするための動植物確保が難しくなった。
  2. 獲物が少なくなった時期と重なって、気候が変化し、肥沃三日月地帯では、野生の穀類(大麦、小麦など)の自生範囲が拡大した。
  3. 食品生産をする上での知識が蓄積された。

が、理由である。
だから、紀元前8500年ほど前に、人々は肥沃三日月地帯に定住し、作物(主に穀類、豆類)を作って生活するようになったとこの本は伝えてくれる。

そこで、チーズをもたらしてくれる家畜についてだが、ダイアモンド氏は、家畜になった動物を「由緒ある14種」とし、その中でも5種を「メジャーな5種」としている。
それは、

  1. 山羊

である。
この5種の家畜の祖先は、すべてユーラシア大陸に分布していた。
それぞれのご先祖は、

  1. 羊:西アジアおよび中央アジアの「ムフロン」
  2. 山羊:西アジアの山岳地帯に生息する「パサン(ノヤギ)」
  3. 牛:ユーラシア大陸と北アフリカに生息していた「オーロックス」
  4. 豚:イノシシ
  5. 馬:南ロシアに分布していた、野生馬。

であるが、このうち、豚と馬はチーズを作る主な動物ではないので、羊、山羊、牛に話を絞ろう。

羊の先祖は、ムフロンとされているが、この種は現在でもコーカサス、イラン、イラクなどに生存している。ダイアモンド氏によれば、西南アジアで、紀元前8000年くらいに家畜化されたらしい。詳しい事は、以下、URLを参照していただきたい。
http://www.pz-garden.stardust31.com/guutei-moku/usi-ka/muhuron.html

山羊の先祖は、パサンで、これも現在、パキスタンやアルメニアなどに生息している。この動物も、紀元前8000年頃に、西南アジアで家畜化されたと見られている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/パサン
キンステッド氏によると、山羊が先に家畜化されたというのだが、筆者は同じ頃、同じような場所で、山羊と羊が家畜とされたと思う。
というのは、ダイアモンド氏によると、家畜化される動物には、特徴があり、山羊と羊はその点でよく似ているからである。

ダイアモンド氏によると、家畜化できる動物は、

  1. 餌の経済効果がよく(山羊は、身体の割に乳量が多く、何でも食べるので、フランスでは、「貧乏人の牛」と言われる)、
  2. 成長速度が速く、
  3. 繁殖しやすく(種付けしやすい)、
  4. 気性が穏やかで、
  5. パニックを起こさず(パニックを起こすと死んでしまう)、
  6. 序列性のある集団を形成する(人間がその群れのリーダーとなれるから)。

という特徴を持っている。
山羊、羊ともにこの性質を持っており、同じような時期に、同じような場所にいれば、どちらが先とも言えないと思う。

牛は、少し年代が下がって、紀元前6000年頃、西南アジアとインドで。
ヨーロッパの牛と、インドのコブ牛は、原種の牛から何十万年か前に分かれたと考えられている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/オーロックス

さて、いよいよチーズである。

家畜が増えると、人々は、肉を取るためだけではなく、乳も利用する事を考え始める。殺してしまえば、「はい、それまでよ」だが、乳利用ができれば、殺さずにすむ。
「最古の料理」の著者、ボテロ氏によると、メソポタミアの粘度板では、紀元前4000年末期にはチーズ様のものがあったようだ。

メソポタミアの粘度板には、色々な料理の作り方が書いてあり、チーズやバターが調味料として使われた様子が見られる。
ただ、ボテロ氏によると、肉とビールとパンが庶民のごちそうだったようで、乳は酸化が早いので、身分の高い人の飲み物だったようだ。
羊飼いは、乳利用ができたようだが(生乳をすぐに飲める環境にあったから)、もし、チーズ作りが盛んなら、乳利用だけでなく、チーズを作って保存したのではないかと思う。

キンステッド氏は、紀元前6000年くらいからチーズを作っていたという説を唱えていらっしゃる。氏の説は面白いのだが、「こし器」はやはりビール用のもので、チーズ用のものではないと思う。この容器からチーズが発見されれば証明になるが、例えば、乳を入れるために使ったとすれば、やがてヨーグルトから、チーズ用のものになるのは必然なので、やはり証明が難しいように思う。

ボテロ氏の説のように、紀元前4000年末あたりに、乳利用があったとするしか無いだろう。何しろ、文献が無いのだから。

その後、食物の製造と家畜の利用は、驚くべき早さで、ヨーロッパとインドに伝わる。
そして、ヨーロッパでは、独自の発達を遂げていくのだ。
アジアでは、古代のチーズの作り方を継承したように思う。
中国では、家畜が豚と犬であった事が乳利用をしなかった理由になるだろう。

黎明期の人間がどんな風に食べ物を栽培し、家畜を飼っていたのか。
知りたい事は沢山あるけれど、秘密の方がいいのかも?

2014年8月1日金曜日

チーズを作る:収益率(le rendement)

Facebookページ版 チーズ A to Zに、Saint Maure de Touraine 一つにどのくらいの原乳が必要か、という記事をシェアした。
チーズ一つ作るのにどのくらいの原乳が必要か、という事を、フランス語では、「le rendement」という。
日本語では、収益率、回収率とでも訳そう。

これは、チーズを作る上では、とても重要な事である。
というのは、チーズの原価や、生産高に影響するからだ。
要するに、少ない原料でたくさんできれば儲かるという事ですな。

1991年の資料なので、少し古いのだが、筆者の恩師、Mietton氏によると、牛乳100kgに対して、収益率は、だいたい以下のようになる。

  • 脱脂したフレッシュチーズ  :35-45kg
  • 型入れしたフレッシュチーズ :16-18kg
  • カマンベール        :14-15kg
  • サン・ポーラン       :10,5-11kg          
  • チェダーチーズ       :9,5kg
  • エメンタル、コンテ     :8,5-9,5kg 

「脱脂したフレッシュチーズ」は、日本で見かけるフロマージュ・ブロンの脂肪分0%の物と思っていただいて結構である。
「型入れしたフレッシュチーズ」は、フランスでは、「フェセル(la faisselle)」と呼ぶ、ラクティック・ドミノン製法のカイエを穴あきの型に入れただけのチーズや、山羊チーズなどをさす。カマンベールは、PM、サン・ポーラン、チェダーはPPNC、エメンタル、コンテはPPCである。

フェセル(la faisselle)。このパッケージをカップに入れて売っている。
山羊のシャロレタイプ。このチーズは一つ作るのに、2リットルの山羊乳が必要。
このチーズの収益率は、24%。PMとしては、かなり高かった。 

原乳の組成は、動物によって変わる。
例えば、羊乳は、脂肪分、蛋白質ともに、牛乳のほぼ倍。
モッツァレラを作る、水牛乳も、羊乳ほどではないが、蛋白質、脂肪分が多い。
だから、収益率も変わる。

この資料では、動物の種による差は書いていないが、見てもらうと解るように、パット・フレッシュ(la pâte fraîche)とPPCとの差が大きい。
大きな理由は、水分の含有量である。

牛乳の場合で考えると、固形分は、ほぼ10%。
残りが水分である。
だから、収益率は、大まかに言うと10%なのだが、チーズの工程によって、それが変化するのである。

市販のフロマージュ・ブロンの場合、工場製と農家製では作り方が違うが、だいたい、収益率は、上記の通りと思って、差し支えない。
かなり多くの水分を含むので、収益率が良いし、すぐ販売できるので、農家や小さい工房に取っては、強い味方だ。

上部の袋に入っているのが、フロマージュ・ブロンになる。

農家製チーズの講座にいた時、工房を作る時は、フレッシュを必ず入れた方がよいと教わった。熟成させるチーズは、熟成している間収入が無いので、資金的にフレッシュチーズを作る事を勧められる。
フレッシュチーズと他の熟成させるタイプを組み合わせて製造するのが一般的だ。

カマンベールタイプなどは、違う意味で大変である。
例えば、一つ250gのカマンベールを作るとしよう。
AOPでは、大きさが決まっているので、250g以下のチーズは、AOPのカマンベール・ド・ノルマンディーとして、販売できない。

ブリヤ・サヴァランの熟成前。3週間ほど置いておくと、もわっと白カビが生える。

販売をなさっている方は、時々見かけるだろう、大きなカマンベール・ド・ノルマンディーを。250gのはずなのに、300gくらいあったりする。
筆者が見た中で一番大きかったのは、330gあった。
こうなると、蓋がうまく閉まらなくて、不格好なパッケージになる。

これは、標準偏差というものをうまく使えば解消できるのだが、やはり計算がめんどくさい。農家は、いろいろ工夫して、表などを作っているところも多い。
大きくできてしまえば、お客さんは喜ぶが、生産者は損する事になる。
こんな事も、収益率に関係してくる。

サンポーランは、牛乳の固形分をそのまま取り入れた感じである。
ただ、PPNCは、デラクトザージュ(le délactosage:英語では、ウォッシング)という工程があり、ラクトースを排出させるので、それによって収益率が変わってくる。
délactosageの程度を上げれば、ラクトースはほとんど出て行ってしまう。
そうすると、収益率も少なくなる。

サン・ポーランの写真が無かったので、ミモレット。PPNCの同じタイプ。

チェダーチーズは、チェダリング工程で水分がかなり排出されるし、コンテなどのPPCは、温度を上げる事によって、水分排出を促すので、やはり水分が少なくなる。
という事は、収益率も下がるという事だ。

PPCのコンテ。

こう考えると、フレッシュチーズを作ればいいかな?と思うのだが、残念な事に、フレッシュチーズには、付加価値があまり無いのである。
チーズのおいしさは、熟成する事によって醸し出される、「ウマミ」にある。
熟成させるチーズを作るのは難しく、また収益率も下がり、すぐにお金にならない。
でも、その美味しさで、付加価値がつき、ファンがつく。

筆者も、工房で、フレッシュと熟成タイプを作ろうと考えている。

7月に、工房作りのための一山を無事に超える事ができて、ほっとしている。
ホントに7月はドタバタで、あれもこれも考えなくてはならず、また、行動しなくてはならず、家族にも「心、ここに在らずね」と言われたくらい、上の空。

まだ、二つ大きな山があるが、8月半ばまでは、少し落ち着けそうである。

2014年7月29日火曜日

チーズを作る:熟成期間を決めるもの:HFD

フレッシュチーズを作るのはさほど難しくない。
モッツァレラのように、作り方がミックスで、パット・フィレ(la pâte filée)のタイプは、うまくカイエの状態を作らないと、伸びない。
だから、作るのが難しいのだが、フロマージュ・ブロンのようなものは、意外と簡単である。味はともかくとして。

しかし、熟成をさせるチーズは、うまく作らないと、ちゃんと熟成しない。
その時に、指標になる数値があるのだ。
それを、HFDと言う。

HFD(la Humidité du fromage dégraissé)、脂肪除去したチーズ中の水分、とでも訳そうか。英語だと、"Moisture content of the fat-free cheese"である。
計算方法があるのだが、このブログでは、数式を表示できないので省く。
このHFDが、チーズの熟成期間を決めるのである。

おそらく、脂肪分で決まるとか、そのほかの方法があるという方もいらっしゃるだろうが、HFDは、かなり重要である。
筆者もポワトー・シャロントの学校で、これを教わったが、ポリニーからきた同級生は、G/S、すなわち、固形分中の脂肪で決まると教わったと言っていた。

大きなチーズになると、G/Sも指標の一つになるが、やはりHFDの方が、確実である。
何故なら、HFDは、チーズ中の微生物の繁殖を司るからである。
微生物という奴は、理想的な環境がないと、繁殖しない。
水分というのも、大きな理由の一つなのである。

おおまかに、HFDの数値を書いておこう。

  • PM:          67%以上(61%位まで下げるものもある。)
  • PPNC:      54〜63%
  • PPC:        56%以下  


PPNC。色々なタイプがあるので、HFDも色々だが、54〜63%の間である。

白いコンテ。HFDは、熟成がすすんだものより多くなる。
一般的に売っているPPCは、HFD 56%以下。

HFDは、チーズ中の脂肪を除いた固形分中の水分だ。
なぜこの数値が、微生物の生育に関係しているかと言うと、微生物の使う事のできる水分は限られるからである。
脂肪を除去したチーズにある水分は、自由水と言って、微生物が自らの生育に使う事のできる水なのだ。

チーズに含まれる水は、固定水と自由水に分類され、固定水は分子単位の組織に取り込まれているので、脱水すらできない。
自由水は、その名の通り、チーズの中を移動する事もできるし、脱水する事もできる水だ。

例えば、カビ。
シャーレに薄く水を張り、小さいチーズ片をのせる。
水につかった部分と、水から出た部分を作ると、水から出た部分には、カビが生える。
しかし、水につかった部分には、生えない。

これによって解る事は、カビの生育に必要なものは、栄養と空気と水分である事が解る。
比較実験として、チーズを乾燥した状態にし、シャーレにおいてみても、カビは生えない。ただ、始めの実験でも解るように、水がありすぎて、空気を遮断するようでもいけない。適量である事が大事なのだ。

PMのラクティック・ドミノン。ラングル(Langres)。これも、柔らかい。
HFDの数値が大きいほど熟成期間が短く、HFDが小さいほど、長期熟成できるというわけだ。しかし、いつも同じHFDになるとは限らない。
例えば、エポワス(l'Epoisses)や、モンドール(Mont d'Or)のようなチーズは、トロトロになるものと、ならないものがある。これは、HFDが個々のチーズで違うからである。

PMの山羊チーズの場合、HFDは、80%くらいである。
これは、かなり水っぽいのだが、その後乾燥工程があるので、これでよい。
同じPMでも、カマンベールタイプの場合、73〜73,5%で、少し下がる。
乾燥工程がない事、製法がミックスである事を考えると、納得がいく。
白カビの発育のためには、このくらいないと、うまくいかない。

店に届いたばかりの St. Maure de Touraine。柔らかい。HFDは70〜80%。

シャロレ(Charolais)タイプのチーズ。これは、脱水工程が長いので、HFDはやや低い。

PPCでも、コンテなどは、56%ほど、パルミジャーノなどは、51%以下となる。

PMの場合、水分量が多い分だけ、微生物が増えやすい。
筆者は、いま、試作品作りで苦労している。
気候のせいだろうと思っているが、先日は、水っぽくできてしまったチーズにうまくジェオが生えたと思っていたら、その後にドロドロになってしまった。
HFDは計算できなかったが(蛋白質と脂肪の数値がないとできない)、おそらく作りたいチーズのHFDより、相当高かったと考えられる。

本当に、チーズは生きていると実感する今日この頃である。

2014年7月23日水曜日

チーズを作る:プスドモナス(le pseudomonas:シュードモナス)

プスドモナス(英語では、シュードモナスと言っているようだ)は、ちょっと困った微生物である。Pseudomonas fluorescensは毒性がないが、チーズの欠陥を招く微生物だ。
どんな風になるかと言うと、

  • 熟成中に、チーズ表皮をピンクや茶色に変色させ、最終的に黄色のシミを作る。
  • 苦みを作る。
  • 水っぽく、ベトベトした表皮になる。
である。

少し解りにくいが、黄色みを帯びている。これは、牛乳のラクティック・ドミノン製法のチーズ。
だいたい、熟成8〜10日くらいで発現するが、始めは、蛍光色のシミ、次に鮮やかな黄色になり、最終的には、濃いオレンジ色のシミになる。

筆者は山羊のラクティック・ドミノンのチーズを作っていたが、あまり見た事がない。
超ピンクのシミを見た事はある。
あれも、プスドモナスだったのかもしれない。
取り除いたら、なくなってしまったので、解らないが。

このプスドモナスという微生物は、プシクロトロフ(psychrotrophe:耐冷性の)であり、原乳の保存温度が低くても繁殖する。
普通、原乳保存をする時は、4℃が多いのだが、これで増えてしまう。
他の微生物の繁殖が抑えられるので、この微生物が増えてしまうのだ。

原乳のタンク。こういうタンクにためているところがおおい。

筆者のいた農家は、原乳保存温度は、12℃だった。
この温度だと、ほとんど増えない。

コンテなどは、CDCで、原乳の保存温度を10℃から18℃と決めている。
この微生物を繁殖させないためである。
すぐに悪さをしないで、熟成中にするというところがイヤラシい微生物だ。
割と、色々なところにいるようで、水、搾乳道具や、原乳そのものも汚染されてしまう。

面白い事に、天敵みたいな微生物がいる。
ジェオトリクム(le geotrichum)である。
ジェオがうまく繁殖すれば、この微生物の繁殖を抑える事ができるのだ。
チーズ表面のpH管理がうまくいけば、酵母の後にはジェオが生えてくる。

型出しをしてから、2〜3日後には、うっすらジェオが生えてくるのが普通だから、こうなれば、心配ない。
筆者の見た資料では、ジェオトリクムを植え付ける事もすすめていた。
ただし、ジェオも水分がありすぎると、「Peau de crapaud」、いわゆる「ガマ肌」になってしまうから、難しい。

筆者は今のところ、買ってきた低温殺菌牛乳を使って試作しているが、なかなか難しい。
特に、夏は気温が上がるので、流通温度がどうなっているのか解らないうえに、家の温度管理も大変だ。
エアコンをつけると、人間が寒すぎたりして。

9月工房開業を目指していたが、諸事情で、10月始めからになりそうである。

2014年7月18日金曜日

チーズと職業病

チーズを製造するのは、重労働である。
コンテなど、PPCの大型のチーズは言わずもがな。
山羊の小さいチーズだって、重労働なのだ。

これは、コンテではなく、ボーフォールのコーペラティヴ。
加熱するため、中の温度は上昇し、職人さんは、いつもランニング姿!

フランスには、女性が25Kg以上のものを持ってはいけない、という法律があるので、熟成士さんは、大概男性である。
女性もいるけれど、ホールの大型チーズを扱うのは難しいだろう。
でも、女性の進出は、嬉しいものである。

そこで、職業病。

できたてのコンテの重量は、約60Kg。米俵とほぼ同じ。
戦前の日本には、米俵を担いで走る教練があったそうだが、大変だったと聞いている。
コンテの場合、米俵と違って、担ぐのは難しい。
何故なら、弾力があって、しなるから、持ちにくいのである。
コンテの作り方は、チーズ A to ZのFacebook Pageに動画をUPしているので、そちらをご覧になっていただきたい。できたてのコンテが、いかに弾力があるか、お解りになると思う。

コンテは、工房で何日か面倒を見てから(préaffinageという)、熟成を専門にする業者に渡す。
それまでは、チーズを作っている人たちが、塩付け、反転して面倒を見るわけだが、これが大変な重労働。

まず、平たい木の棒で、チーズを前にずらす。
ある程度前に出たら、両手で引っ張り出し、膝で支えながら、反動をつけてひっくり返して、棚に戻す。
2日に一回、これを行っている。
また、塩付けする時も、塩をふって、引っ張り出して、丁寧に拭く。
これも大変な仕事だ。

だいたい、一つのコーペラティヴで、一日20個くらい作っているようだ。
筆者の同級生は、25個と言っていたが、型出しを一人でするので、大変だと言っていた。

この状態でおこる疾病は、「椎間板ヘルニア」。
重労働なので、組合が水泳などのスポーツをすすめて、腰痛防止に努めている。
ヘルニアまでいかなくても、チーズ職人に多いのが、腰痛。
特に、農家製の場合、型入れの時に中腰になる事が多いので、腰痛になる事が多い。

ボーフォールのコーペラティヴで。この容器は、ビドン(le bidon)と言いますが、結構な重さ。
筆者は、一人では持てませぬ・・・

以前、やはりFacebook Pageで、カマンベール農家の動画をUPしたが、筆者は、職人さんが、腰痛持ちと見た。
理由は、片手を腰の後ろにまわして作業をしていたから。
腰をかばっているように見える上、かがみ方が不自然だった。
一日に何時間も中腰姿勢を取らなければならないのは、つらい。
子供が跡を継がないのも、無理もない・・・

筆者も山羊農場でチーズ作りをしていた時、手が痛くなった事がある。
手のひらの、親指の付け根あたりが、痛いのである。
なんでだろう、と考えた末に、思い当たったのが、反転作業。
グリーユ(la grille)という、金網の上にのせたチーズを反転させるのには、もう一枚の金網で挟んで反転させる。

二段目の金網に、チーズをのせる。

山羊の場合、チーズと金網の合計で2〜3Kgだと思うので、そんなに重くない。
しかし、筆者は、いつも親指の付け根に重さをかけていたようである。
そこで、重さをかける場所を手のひら全体にしたところ、痛みがなくなった。

又聞きだが、牛乳を手絞りしている農家さんは、親指と人差し指の間の腱を痛める事が多いそうである。
農家製の場合、乳牛の数が少なければいいが、多いと手絞りは大変だ。

また、職業病になるかどうかは疑問だが、乳清(sérum:ホエー)のアレルギーもある。
筆者もなりかけたが、大丈夫だった。
これは、乳清カブレと言ったようなもので、乳清に触れたところが赤くなる。
漆カブレみたいなもんですな。

筆者の場合、赤くなって、痒くて、手がぼろぼろになったが、乾燥する時期が終わると、症状が出なくなった。
薬局で買った薬も効いたようだ。
しかし、山羊農家出身の同級生は、このアレルギーを持っていて、乳清のついたところが、パーっと赤くなるのを見た。
手袋をしないと、チーズに触れないと言っていたが、製造は、大変なようである。

シャロレ(le charolais)タイプのチーズ。右側のバケツの中身が、乳清。

どんな職業にも、疾病はつきものである。
チーズの疾病は、あまり知られていないが、コンテ組合は、職人確保のために、職業病を少なくしようと努力している。
つらい仕事は、やりたくないという若い人が多いのは、日本もフランスも同じ。
でも、若い人たちにこういう仕事の跡を継いでほしい。
年寄りのわがままかもしれないが・・・

2014年7月11日金曜日

チーズを作る:熟成の進み方

チーズの製造をざっと説明すると、以下のようになる。

原乳は乳酸菌を加えて、マチュラシオン(la maturation)という、乳酸菌の繁殖を促す工程を行う。
この工程は、殺菌乳にも無殺菌乳にも行われるし、どのタイプのチーズにもある。
その後、凝乳酵素を添加して、凝固させ、容器に詰めてそのまま出荷したり(フレッシュ)、型に入れて成形し、熟成させたりする。

そして、できたばかりのカイエ中には、色々な微生物がいるのだ。
無殺菌乳なら乳本来の微生物がいる。
殺菌乳なら、乳本来の微生物が少し残存し、減ってしまった微生物を補うために加えた、乳酸菌(Ferments lactiques)や熟成菌(Ferments d'affinage:熟成のための微生物、と言ったところ)がいる。
無殺菌乳の場合、乳酸菌は加えるが、熟成菌は、あまり加えない。

山羊のチーズいろいろ。真ん中のグレーのものは、カビ系。また、「AB」というのは、自然農法の印。

熟成時に活躍するのが、熟成菌である。

その熟成とは、何ぞや?

乳製品の辞書(フランスのもの)によると、
「チーズに物理化学的変化を与える自然の酵素や微生物によって、味、組織、見た目などが変わっていく期間を言う。チーズの種類によって、期間の長短は変化する。」
となっているが、これではよく解らない。

平たく言うと、チーズに含まれている蛋白質と脂肪が、酵母やカビ、菌によって分解し、風味や味、食感が好ましくなることを言う。
風味が悪くて食べられなかったら、熟成ではなく、腐敗かな?
発酵と腐敗も同じ事で、人間に役立てば発酵、役に立たなければ腐敗というのだから。

さて、それでは、進み方である。

できたばかりのフロマージュ・オン・ブロン(Fromages en blancs:型出ししたばかりの白いチーズのこと。おそらく、英語のグリーンチーズに相当すると思われる)の表面のpHは、かなり低い。
ここでは、変化の解りやすいPMについて、説明しよう。

PMのフレッシュチーズは、pHが4,3〜4,6くらいまで下がる。
ラクティック・ドミノンも、ミックスもこのくらいまで下がるのだ。
そこで、pHが低くても繁殖する微生物の出番となる。
それは何かと言うと、酵母(les levures)。

酵母にもいろいろあって、殺菌乳に加える乳酸菌と混ぜて使うものがある。
フランス語だと、ferments lactiquesだが、英語だとスターターと言うだろう。

酵母が繁殖して、乳酸を消費すると、だんだんpHが上がってくる。
そうすると、次に何がくるか?

ジェオトリクム(Geotrichum candidum)である。
こいつは面白い微生物で、酵母とカビのちょうど中間に当たるようなところに位置する。
そして、この微生物の特徴は、苦みを生産しない、という事なのだ。
これは、もの凄い利点である。

筆者の試作品。きれいにジェオが出て喜んでいたら、あっという間にトロトロになってしまった。
美味しかったけど、商品としては???

カマンベールタイプの白カビチーズの欠点で、一番困るものがgoût amer、「苦み」なのである。多少の苦みなら大目に見る事もできるが、たまに、かなり苦いものにあたったりする事もある。
工場製品では、白カビチーズの欠陥として、大きな課題の一つである。

以前、日本でも売っていたチーズで、プレジデント社の「カンパーニュ」という製品名のカマンベールがあった。
このチーズの色は、真っ白ではなく、やや黄色とグレーを帯びていて、カマンベールとしては、器量よし?ではない。

このチーズに使ってあったのが、ジェオ。
ペニシリウムを使わずに、ジェオだけを使った、面白いチーズだったのだが、今は、あまり見ない。
人気がなかったのかな?

この微生物が、なぜ苦みを作らないかと言うと、短鎖ペプチドを作らないから。

蛋白質は、アミノ酸の羅列で、分子量が多い。
これを急速に分解すると、短いアミノ酸の鎖がたくさんできる。
こいつが、苦みペプチドと呼ばれるものだ。
特に、白カビは、蛋白質の分解力が強いので、急速に分解し、苦みを作る事が多い。

しかし、ジェオだけだと、ホントに、苦みは出ない。
筆者も試作品を作っていて、うまくジェオが生えたものは、美味しくできた。
でも、熟成の進み方は、結構早く、すぐにトロトロになってしまう。
これは、欠点でしたな。
すべてよし、というわけにはいかない。

そして、ジェオの次ぎにくるものは?
ペニシリウム(Penicillium camenberti)である。
かなりpHが上がってからが、こいつの出番。

カマンベルティも色々な種類があって、サンタンドレのように、ふんわりと長い毛足のものから、AOPのカマンベール・ド・ノルマンディーのように、毛足が短くて、少しまだらになるようなものもある。
毛足の長い、ふわふわのものは、蛋白質の分解が早いようだ。
苦みと辛みが出る事が多い。

サンタンドレの写真がなくて、バラカになった。これは、サンタンドレとほぼ同じ。
ふわふわのカビと、脂肪分の高いチーズ。

特に、脂肪分の高い白カビ系は、辛みの出る事も多い。
これは、脂肪の分解によるものだろうが、熟成の若いうちに食べた方が、美味しいと思う。

さて、もっとpHが上がってから出てくるものがある。
ブレビバクテリウム・リネンス(Brevibacterium linens)である。
これも、蛋白質の分解力が強く、苦みの出る事が多い。
しかし、成功すると、旨味の詰まった、おいしいチーズができる。

筆者の試作品で、うまくリネンスが出たもの。

アフィネ・オ・シャブリ(Affiné au chablis)。少し、白カビが生えている。

大雑把に、熟成の進み方を説明したが、これは、あくまでも一般的なものだと思ってほしい。
熟成の進んだカマンベール・ド・ノルマンディーに、赤い斑点が出る事があるが、ある先生は、リネンスと言い、ある先生は、色素を作るのはリネンスだけじゃないから解らないと言うのだ。
結局、調べてみないと解らない、という事だ。

マコネ・ブルー。ブルーは欠陥とされる事もあるが、ラクティック・ドミノンの山羊チーズに出た場合、
歓迎される事もある。

サン・ネクテール(Saint-nectaire)。ミュコー(Mucor)と言うカビで、熟成させる。

チーズの中の微生物群は、人間がコントロールするには複雑すぎると、筆者は考える。
そう考えると、チーズ作りは、いまだに答えの見つからない方程式のようなものだ。
いろんな答えが出るのだもの。

2014年7月4日金曜日

チーズを作る:チーズの中の微生物(穴をあける微生物)

チーズの中に入っている微生物は、ホントに沢山あって、数えきれない。
例えば、一番重要な、乳酸菌。
これについては、以前にも書いているので、アーカイブを見てほしい。
前の記事は、かなり学術的?に書いているので、解りにくかったのではないかと思っている。今回は、もう少し解りやすくしよう。

乳酸菌には、種類がいろいろあって、形から分類するとコック(coque)と呼ぶ球形のものと、バシル(bacille)という棒状のものに分けられる。
また、発酵する時に、CO2を出すものと、出さないものがある。
出すものは、ヘテロ発酵、出さないものは、ホモ発酵と言う。

CO2を出すと余りよくないとお思いだろうが、一概に言えない。
ヘテロ発酵をする乳酸菌の中で、ルコノストック(leuconostoc)というのがあるが、こいつはすごく有用である。
というのは、この乳酸菌は、芳香物質を作りだすからである。

山羊チーズ工房にて。カイエがいっぱい!

ラクティック・ドミノンのフレッシュの場合、匂いも重要な要素である。
工場製のフロマージュ・ブランなどを作る時は、この乳酸菌を入れることが多い。
市販の混合の乳酸菌にも入っているものがある。

山羊チーズの農家で作っていた時に、カイエの状態が毎日変わるのが面白かったが、ルコノストックが出ると(餌や自然環境で、自然に入るのである)、出来たカイエに丸くて小さい穴がぽこぽこあいていて、かわいいやら、気持ち悪いやら(妖怪千の目みたいで)。
大腸菌もCO2を出すのだが、その穴との差は、
  • 形が整った、丸くて小さい穴。大腸菌の場合、形が整わず、不規則になる。
  • カイエが美味しい。大腸菌の場合は、味に苦みやエグミが出る。
である。
型入れをしてしまえば、穴はなくなるし、匂いがよくなるので、万歳である。

もう一つ、乳酸菌ではないが、チーズに穴をあける微生物がいる。
そう、プロピオン酸菌(le bactérie propionique)である。
酪酸菌もあるが、こちらは有害菌なので、また今度。

プロピオン酸菌というと、すぐにエメンタル!という返事が来そうだ。
エメンタルの大きな穴は、プロピオン酸菌によるところが大きい。

ランジスで見た、エメンタル。

プロピオン酸菌の、無殺菌乳に入っている割合は、あまり多くない。
Standa という会社の資料だと、100〜300 ufc/ml(ufc:Colony Forming Unit 菌量の単位)ほどである。
しかし、コンテやエメンタル、グリュイエールなどの、あの独特の風味を作るには、欠かせない微生物である。

しかし、コンテやグリュイエールに取っては、時々困り者になる。
チーズ生地に穴をあけることがあるからだ。
少しならいいが、この間書いたように、「ミル・トロ:mille trous」の原因にもなる。

グリュイエール。たくさん穴があいている。

ランジスで見た、コンテ。

穴があく原因は、脂肪の含有量と、製造時とカーヴ内の温度。
例えば、ボーフォール(le beaufort)にはほとんど穴がない。
CDCでは、レニュール(lainure)と小さい穴(œil de perdrix:ウズラの目)を許可しているが、レニュールはともかく、穴はあまり見かけない。
ボーフォールは、全乳だからだ。

コンテとグリュイエールは、エクレメ(écrémé)といって、少し脱脂する。
そして、製造時の温度が、55℃以下になると、穴があく確率が高くなる。
コンテのエメンタル化という。

ちなみに、エメンタルの製造時の温度は、52〜54℃である。
だから、カーヴ・ショッド(la cave chaude:エメンタルだと、22〜24℃、コンテだと13〜18℃。コンテの今の主流は、13℃、温度が高いと穴があくから)で、きれいな穴ができる。また、Standaの資料によると、エメンタルの穴の40%がプロピオン酸菌によるものだそうだ。

また、プロピオン酸菌は、ゴーダなど、オランダさんのチーズによく使われる。
独特の風味が好まれ、工場製では、製造時に添加する。
筆者も、ポリニーのPPNCの講義で、モルビエでないものには、添加していた。

少し、金臭いような、金属っぽい独特の味。
日本人好みなのだろうか。
日本のあちこちで、ゴーダタイプが生産されているようである。

私事だが、このところ、忙しい。
工房を作る計画が進んできて、何だかする事が増えている。
そっちに気を取られて、このブログに書こうとする事が決められず、この間の火曜日には公開できなかった。
いつも読んで下さっている方には、申し訳ない。
頑張ります!
次回は、熟成段階について。